鎌倉大仏の前で
「由紀さん、本当にありがとう」
光は、未だ巫女姿の由紀に頭を下げている。
他の巫女たちは、少々複雑な表情を浮かべながら、由紀に一応頭を下げた。
「それでは」
光と巫女連中は刑事にも頭を下げ、再びソフィーのブルーワーゲン、ワンボックス車に乗り込んだ。
「でもなあ、やはり強いなあ」
春奈は、美紀の隣で再び眠りこける光を見ている。
「由紀さんですか?」
ソフィーも気づいた。
「そうですよね、光君って奈良の血が流れているけれど、育ったのはこっちですよね、それで、しっかり守ってもらうために寒川様にですよね」
ルシェールもある意味、納得している。
少なくとも光と由紀の歌垣での姿を読んだ時のような動揺はない。
「とにかく、こっちで同い年でさ、一番遊んだのは由紀さんなのさ、だから心がつながるのが速い」
美紀はやさしい顔になっている。
しかし、すぐに華奈に厳しい言葉をかける。
「いい?華奈、考え違いをしないでね」
「外面だけ磨いても、光君は見向きもしないよ」
「光君に愛される本当の力、衰えない力を磨かないとだめ」
「胸だけ大きくなっても無意味、光君を支えるのは胸じゃない」
「そんなことで光君があなたのものになるなんてありえない」
「何回、同じ間違いを繰り返すの?」
他の巫女連中が心配になるほど、母親としての美紀の言葉は厳しい、華奈はすっかりうなだれている。
車中においては、それぞれの思惑もあったけれど、全員がほとんど眠っていた。
時折、目を開けて湘南の海を見る時もあるけれど、またすぐに眠ってしまう。
一月にしては暖かい、のどかなドライブになった。
そんな状態で、まず鎌倉大仏に着いた。
一般には「鎌倉大仏」の名前が通っているけれど、正式には「鎌倉大仏殿高徳院」の国宝銅造阿弥陀如来座像。
像の高さは約十一m、規模こそ奈良東大寺の大仏には及ばないけれど、ほぼ造立当時の姿で座っている。
大きさに圧倒される光たち一行の前で、宗教史学者美紀が解説を始めた。
「北条家の歴史書、吾妻鏡によるとね、建長四年つまり千二百五十二年に造りはじめたらしい」
「最初は奈良みたいに、お堂に収まっていたらしいんけれど、海も近い場所で台風とか大地震で壊れちゃってそのまま、像だけでずっと座っている」
「基本的には、阿弥陀様なので、浄土宗、法然様とも関係があるね」
簡単な解説であるけれど、熱心に全員が聞いている。
「そうかあ、初めて見たけれど、奈良とは少し違うね、青空の下でご対面っていいね」春奈はニコニコと見入っている。
「浄土宗って、善悪、男女、年齢、身分関係なく、南無阿弥陀仏って唱えると阿弥陀様のご加護があるんですよね」
ルシェールは、少しうっとり顔になった。
「ああ、徒然草にね、面白い話が書いてあった」
光が、突然話を始めた。
それには、巫女たち全員が注目する。
「あのね、念仏を唱えながら居眠りをしたら、仏罰が当たるのではって、法然さんに聞いた人があるんだって」光
「うん、当たるに決まっている」華奈
「いつもの光君は、授業中でも車の中でも居眠りだ」春奈
「さっきは、誰とお眠りしたのかなあ」ソフィー
「アヤしすぎ、まったく」ルシェール
「ふふ、そんな話を知っているんだ、意外」美紀
それぞれの反応はともかく、光は話を続けた。
「そしたら法然さんは、目が覚めたら、また念仏を唱えれば問題ないって答えだった」光は説明を終えた。
「そうかあ、阿弥陀様の前では、それでいいんだ」華奈
「なかなか便利な教えだ」春奈
「光君には合っているかも」ルシェール
「結局、ナマケモノだしさ」ソフィー
「まあ、大きな阿弥陀様の前では、人間の小事など、取るに足らない、阿弥陀を信じ唱えればいいって教えさ」
美紀は、ブツブツと阿弥陀仏を唱えている。
「あ、それで、何とかなるって思っているんだ、先駆けして若返りしようなんてフラチ過ぎる」
華奈が、わけのわからない反発を美紀に向けるけれど
「ほら、そういうおバカなこと言っていないで、ちゃんと唱えなさい、なんとかなるかも」
美紀は、あっさりと華奈をたしなめると、華奈も念仏を唱えている。




