第32話お弁当を日々提供されることになった光
「先生、すみません」
野村は柔道部顧問に頭を下げた。
「・・・うん・・・どうなってるんだ」
柔道部顧問が野村に尋ねた。
どう考えても、今までの状況は理解できない。
都大会三位の実力者野村が、柔道初心者どころか、「それ以前の」ひ弱な光を投げられず、逆に、まるで人形のように、ポンポンと投げつけられているのである。
「いや全然わかりません・・・何しろ、組んだ瞬間何の抵抗も無く・・・あっと言う間に」
野村の顔が真っ青である。
「うーん、それで光は何と?」
柔道部顧問も光の言葉が全く予想できない。
「いや、自分たちばかりが乱取りしているので、他の人達にもって・・・」野村
「はぁー?」
柔道部顧問は拍子抜けするが、光の言うことが「正論」である。
既に授業の残り時間は十分しかない。
「他の者たちも乱取り始め!」
仕方なく柔道部顧問は乱取りの指示を、他の生徒に出した。
「光は?」
柔道部顧問は光の姿を探した。
既に野村は動くことは出来ない。
光は、壁の前に座って、いつもの通りぼんやりしている。
しかし柔道部顧問もかなり動揺してしまっている。
結局柔道部顧問は、光に「仕返し一つ」もすることが出来なかった。
柔道の授業が終わった。
男子学生は全員着替えてクラスに戻っていく。
いつもの通りヨタヨタと歩く光に、他の男子学生から言葉がかかる。
「いやー、すごかったね」
「心配したけれど、あんなに柔道強いなんて知らなかった」
「昨日のボクシングもびっくりしたけれど」
「今まで、隠していたの?」
光は、いろいろ話しかけられるが、ただ微笑んでいるだけである。
光自身、あまりよくわかっていないようだ。
「でもなあ・・・」
中には心配する声も聞こえてくる。
「今度は柔道部に呼ばれるかも」
「体重が百キロ超える人もいるしさ」
「時々、大学のOBも来ているよね」
「あの顧問、執念深いしなあ・・・」
「なんでサンドイッチだけで、あれ程怒るのかなあ」
心配するいろんな声が聞こえてくるが、相変わらず光は何も聞いていない。
そのまま、何も気にすることなく自分のクラスに入ってしまった。
午前中の授業が終わり、光は再び学内販売のサンドイッチを買いに行こうと席を立つ。
すると「あっ・・・ちょっと待って・・・」
立った瞬間、隣の由紀から声が掛けられた。
「え?」
光が由紀を見ると、由紀の手にお弁当がある。
「はい、今日は私から」由紀は光にお弁当を差し出した。
にっこりと笑っている。
「え?また?悪いよ・・・」
光としても連日お弁当を差し出されるのは気が引ける。
「いえいえ、昨日帰りがけに女子全員で相談したの」
「あのボクシング部をやっつけてくれたお礼をしないとってね」
「それで交代で光君のお弁当を作ることになったの」
光がクラスを見回すと、女子学生全員が笑顔である。
「いや・・・それでも・・・そういうことは・・・」光はやはり遠慮する。
しかし、由紀は引き下がらない。
「そうしないと、みんな由香利先輩に取られちゃうって言うし・・・」
由紀は顔を真っ赤にしているが、光は全く理由がわからない。
それでも光は、いつまでも、押し問答をしていても仕方がないと思った。
「それでは、遠慮なく」
光にはそもそも、「せっかくの申し出」を断るだけの理由がなかったのである。
「それに、またサンドイッチだと騒動が起きそうだし」
「また誰かに襲われると、サンドイッチだけだと心配」
他の女子学生たちからも声がかかった。
周りの男子学生たちも頷いている




