第30話乱取り開始と宙に浮く光!
「光君、中央に」
柔道部顧問が光を手招きした。
光は、いつもの通りヨロヨロと立ち上がり、中央に進む。
表情にしても、いつもの通りハンナリ顔で、少なくとも力強さは「カケラ」もない。
光の前には都大会三位の柔道部野村が立っている。
その野村に、また柔道部顧問が耳打ちする。
ただ、柔道部顧問の声はガラガラ声である。
耳打ち程度でも光には聞き取ることが出来た。
「何でも、昨日うちの連中が話しかけたら相手にもされず、逃げられたそうだ」
「わが学園でも伝統と実績を誇る我が柔道部員に対して、とんでもない失礼な態度を取ったそうだ、その落とし前をつけなくてはならない」
「ボクシング部の話は気にしなくていい、あんな西洋闘技などチャチなものだ」
「我が国古来の柔道には及びもつかない児戯だからな」
「それから、サンドイッチなど、和食を侮辱するようなものを、食べているそうだ」
光にとっては、どうでもいいようなことを耳打ちしている。
柔道部から走り去るのも、相手をするのが面倒だったから、柔道部を相手にして自分の自由な時間が脅かされるなど、もっての外である。
それに「わが学園の伝統と実績」だって、光にはそもそも関心がない。
光は「帰宅部」を至上にして、のんびり過ごしたいだけの高校生なのである。
ボクシングが西洋闘技とか我が国古来の柔道でないとかも、どうでもいい。
もともと光にとって、格闘技は面倒なのである。
サンドイッチが和食を侮辱するなど、ますますもってどうでもいい。
光にとって簡単に食べることが出来ればそれでいい、好きでも嫌いでもないのである。
ただ、柔道部顧問は次に「聞き流せない言葉」野村に耳打ちをする。
「受け身もロクにとれないだろうが、後は何とかする」
「思いっきり投げ飛ばしてやれ」
すると、野村の顔が変わった。
野村はいつもの「受け身もロクにできないひ弱な光」を知り抜いている。
野村としては、本当に不安になるけれど、顧問の表情は全く変わらない。
「それでは、模範乱取りはじめ!」
柔道部顧問の野太い声で模範乱取りがはじまってしまった。
「ごめんね、なるべく手加減するから」
野村そのものは、優しい性格である。
その優しさゆえ、都大会でも「綺麗な柔道」にこだわって三位にとどまってしまった。
柔道の技そのものの実力はかなり高いと言われている。
「ああ、心配ないです」
「何とかします」
光はいつもの通り、おっとりと応え、野村と組み合った。
「うわっ」
その瞬間、光の身体が宙に浮いた。
さすが、都内三位の実力者野村の投げ技である。
いい加減な光では、簡単に宙に浮いてしまった。
「危ない!」
見守る男子学生全員が息を呑んだ。
もともと受け身すらしっかりできない光である。
それがあれ程、高い角度で宙に浮けば大怪我をしてしまう。
頭から畳に突っ込めば、大事故だって考えられる。
大怪我となり、光の一生に関わる事故になるかもしれないからである。
しかし、柔道部顧問は顔色一つ変えない。
むしろ、ニヤニヤと笑っている。
しかし、次の瞬間、とんでもない異変が発生した。




