光が苺のハウス?
ソフィーは光と、そのまま奈津美の温泉旅館に戻る予定である。
何しろ、温泉旅館には、早く帰らないと「何を言い出すか、読んでしまうかわからない」巫女連中が、ゴロゴロしている。
「私も、お正月くらいは、安眠したいし、あの巫女連中からの、やっかみ攻撃も面倒だ」
実は、もう少しドライブを楽しみたいのが本音だけど、結局隣の光は寝呆けているし、外に出すと「寒い」とか、愚痴を言いそうなので、何しろどうにもならない。
それでも、帰り道には、可愛らしい喫茶店や、小物グッズの店もあり、入ってみたい衝動もある。
ソフィーとしても、まだ二十代前半の「乙女」という自覚・自信もあるし、公安関係の厳しい仕事や、剣道日本一の肩書を、忘れたい時がある。
「ただ、この子の反応がない」
ソフィーが肩を落とし、しばらく車を走らせていくと、突然光が身体を起こした。
「ねえ、ソフィーさん、ちょっと寄って行きたいところがあるんだけど」
「この道沿いだよ、お願い」
突然、目覚めて「お願い」まで、されてしまった。
ソフィーとしては、断る理由がない。
「ああ、いいよ、まだ時間もあるしさ」
ソフィーは、光の視線の先を見ている。
「で、どこ?」
光の視線の先には、どう見ても、立ち寄りたくなるようなお洒落な店がない。
ソフィーとしても、全く光の意図が見えない。
「ああ、あそこの、ビニールハウスだよ」
光の口から、普段の光からは想像できないような言葉が飛び出した。
おそらく、何かの農作物を作っているハウスだと思うけれど、まるで農業と似合わない光から、そんな言葉が飛び出した。
「へえ・・・意外・・・」
ソフィーも、思わず本音を言う。
光の顔を見ると、キョトンとしている。
「懐かしいキョトン顔だけど、いったい何があるのかな」
ソフィーが、そのビニールハウスの前で、車を停めると、光はどんどん降りて、ビニールハウスに向かって歩いていく。
「まあ、いいか、ついていくしかないなあ」
ソフィーも、ついていくしかない。
「うん、ここの苺、すごく美味しいの、買って帰ってみんなで、食べよう」
光は、ハウスの前でソフィーに少し微笑んだ。
そして、何のタメライもなく、ハウスに入っていく。
「昔から知っているハウスなのかな、あ、でも、ここ私も知っているかも」
ソフィーも、光に続いてハウスに入る。
途端に、甘く芳醇な苺の香に包まれる。
「玉江おばあさん、お久しぶりです!」
光は、大きな声で、ハウスの真ん中で苺を収穫している、おばあさんに声をかけた。
おばあさんは、玉江と言う名前らしい。
広いハウスではあるけれど、玉江おばあさん以外に誰もいないようだ。
「光君の、こんな大きな声、聞いたことない」
ソフィーが驚いていると、その玉江おばあさんが、光に振り向いた。
そして、玉江も大声である。
「えーーー?光君?」
「なっつかしい!元気だった?」
「早くこっちにきて、顔しっかり見せて!」
玉江の大声が、終わる前に光は、玉江に向かって走り出している。
「はい、六年ぶりで、間を開けてしまってごめんなさい」
光が、玉江の手を握ると、玉江は泣き出してしまった。
「ねえ、本当だよ、間、開け過ぎだよ・・・」
「菜穂子さんと来たんだよね、前は」
「菜穂子さんが、あんなに早く逝って、光君がどうなったか、心配で心配で・・・」
「でも、覚えていてくれてうれしいよ」
玉江は、しばらく泣いていた。
「でね、玉江さん、今日はみんな来ているから、苺たくさんもらって帰りたいんだ」
「大変だったら、僕が摘むよ」
光は、玉江の肩を抱いた。
「へえ、会いたいなあ・・・奈津美さんのところに?圭子さんとか美智子さん、美紀さんもいるの?」
「そう・・・助かるよお、急に大手の注文が入ってさ、てんてこ舞い、息子と嫁は、手分けして出荷に行っているの」
「食べる分だけ、持って行って」
玉江は、好子たち奈良の巫女集団を知っているらしい。
ただ、作業が多く、少し腰が痛そうに見える。
「で、今日はどれぐらい摘むんですか?」
ずっと、光と玉江の話を聞いていたソフィーが口を挟んだ。
そのソフィーの顔を見て、玉江が目を細めた。
「あ!もしかして、ニケの娘さん?いやー・・・大人になった、きれいだなあ・・・」
「ほんと、ニケには一家でお世話になって」
玉江は、今度は、ソフィーの手を握って泣いている。




