第29話光の「前回り受け身」と乱取り指名
教科としての柔道の時間は、第二限目午前十時からである。
光は、いつもの通り、テキトーに柔道着を着た。
正式な帯の結び方は、どうやっても上手に出来ない。
それでもなんとか帯を結び、クラスの他の男子生徒と一緒に柔道場に入った。
「まあ、軽く投げられて後は壁のところに座ろう」
光はそれ以外には全く考えていない。
柔道場には、既に顧問の先生が立っている。
「ねえ、大丈夫かなあ」
一緒に柔道場に入った男子学生が光に声をかけてきた。
「え?」
いつもの通り、光は気の無い返事をする。
「うん、さっきね、柔道部の連中がさ、光君を乱取りに指名するって言っていた」
「ねえ、昨日会ったんだって?コンビニで」
男子学生は心配そうな顔で光を見てくる。
「うん」光
「そこで話をしようとしたら、光君に相手にされなくて、それを根に持っているらしい」
「サンドイッチも気に入らないみたい、特に顧問の先生がね」
男子学生は光に、様々な情報を教えてくれる。
しかし、コンビニから走り去ったのは、相手にすることが面倒だったため、そもそも相手にする理由もない。
それに、サンドイッチを食べようがどうだろうが、光の勝手である。
柔道部顧問の「気に入らない」など、大きなお世話だと思った。
「バカバカしい、どうでもいいや」
光は、男子学生からもらった情報など気にしなかった。
当初の目論見通り、簡単に投げられ、後は座っているだけと決めているのである。
さて、光にとって少々不穏な状況の中、柔道の授業が始まった。
最初は受け身の練習からである。
相変わらず光は、テキトーな受け身しかできない。
この受け身なら、マット運動の「前回り」と変わりがない。
それでも周りにたくさんの男子学生がいるから、たいして目立たない。
しかし、今日に限って柔道部顧問は、史の「前回り受け身」を、しっかりと見ていたのである。
「さて、今日の授業は学期末も近いので、今まで教えて来た柔道の技をかけあう乱取りとする」
「それぞれ相手は、隣の者と、それから、しっかり受け身を取って怪我のないように」
柔道部顧問が全員の前で話をした。
やはり、情報通り、今日は乱取りのようである。
その顧問が男子学生を見回した後
「ああ、野村ちょっと来い」
柔道部の顧問は、野村という柔道部の生徒を呼んだ。
都大会でも三位に入った選手である。
「はい」
野村が走って顧問のところにいく。
そして、二人で何かヒソヒソと話をしている。
また、二人は話をしながら時々、光をチラチラと見てくる。
話の途中で野村が驚いたような顔をするが、顧問は表情を変えない。
「さあ、これから乱取りを始めるが、まず柔道部員の模範演技をする」
「うーん、相手は光君でいい」
顧問は、そういってニヤリと笑った。
どうやら、情報が本当だったようである。
周囲の男子学生たちが不安な顔になった。




