歌謡界の帝王の使い
「ああ、それ、よくわからないけどさ、音大の関係かなあ・・・けっこう知られているみたい」
光は、本当に面倒な顔になる。
「でもさ、K二郎って歌謡界の帝王というか、演歌の大御所だよね」
「実は、裏の社会ともいろいろあって」
「本当は、アブナイ人かもね・・・」
「まあ、メルアドの流出経路はともかくさ、今更しょうがない」
「光君、心配だから、メルアド変えて」
春奈は、光の顔を真剣に見た。
光も頷いた。
「うん、そうするかなあ・・・でも・・・」
少し迷っている。
「え?何かあるの?そこに問題とか」
春奈は、光の迷い顔を注視した。
「春奈さん、ごめんなさい、メルアドの変え方がわからない」
光は、少し顔を赤くして素直に白状した。
その光を見て、春奈は、うれしくなった。
こんな光の素直で赤い顔が、可愛くて仕方がない。
「うん、じゃあ、変えてあげる、変更の通知先は、私の知っている先だけにするよ」
春奈は、メルアドを「はるなラブ」にしようとまで思ったが、そうした場合、年末から正月にかけて「あの強い巫女連中から、何を言われるか、どんな目で見られるかわからない」と思い直して、以前のメルアドから微妙に変えたものにした。
変更連絡も奈良の巫女集団と美紀、ルシェール、ニケ、ソフィー、由香利、由紀には行った後、華奈のことを思い出した。
最初は、「いいや、あんな小娘」と思ったけれど
「華奈ちゃんに内緒にすると、腹いせで、この家に住みつかれるとか、忙しい時に朝ごはん二杯とかになると面倒だ、お化粧の邪魔になる」と思い、仕方なく華奈にも変更連絡を行った。
そして、取りあえず「芸能プロダクションからの面会希望メール」は、なくなるし、そのプロダクションからの接触は終わると判断した。
しかし、その判断は甘かった。
メールアドレス変更を行った後、すぐに、その芸能プロダクションの男が光の家まで、訪ねて来たのである。
「はじめまして、光君」
芸能プロダクションの男は、キチンとしたスーツを着た角刈りの若い男であった。
スカウトの渡辺と名乗った。
ただ、あまりにも香水がキツイ。
角刈りの頭とは、まったくアンマッチ。
「それで、ご用件はなんでしょうか、それにいきなり、来られても困るのですが」
光は、最初から嫌そうな顔をしている。
お茶を出しながら、春奈は光とスカウト渡辺の間に漂う雰囲気を観察している。
「ああ、突然じゃないと、逆につかまらないと思ってね」
「光君の夏のコンサートと、合唱コンクールの話が、うちのプロダクションの御大の耳に入ってね」
「ああ、君も知っての通り、日本の芸能界の最高の歌手、K二郎先生さ」
「日本男児の心を歌わせたら、天下絶品、日本の宝さ」
「その御大が、今日な、どうしても光君に会いたい、連れて来いっていうので、わざわざ来てあげたのさ、何しろメールを送っても、何ら返信がない」
「それは、光君も御大に対して失礼だよ」
「これから、御大のところに君を連れて行くけど、土下座して謝れよな」
スカウト渡辺は、そう言いながら光の顔を睨みつけた。
ただ、どう聞いても、スカウト渡辺の言っていることは、「ゴウマンそのもの」。
連絡もなしに、突然家まで押しかけ、「御大」とやらのところに連れて行くという。
しかも、「御大」に、「土下座」して謝れとまで言う。
ますます、光は、嫌そうな顔になった。
「その、御大って人なんか知りませんよ」
「もともと、演歌なんか興味ないし、音楽とも思っていない」
「演歌が日本男子の心なんて演歌歌手だけが、そう思っているだけ、他の日本人は誰も、そんなこと思っていない」
「だいたい、日本人の歌手で世界に通用している人は、いません」
「日本だけの狭い世界でしか通用しない」
「何故、僕がプロダクションなんかに行かなければならないのかもわからない」
「勝手にメールを送り付けてきておいて、返信するもしないも、強制される理由もないでしょう」
光が、珍しく矢継早に応えると、スカウト渡辺の顔が真っ赤になった。
どうにもゴウマンかつ切れやすい性格らしい。
春奈の冷静な目で見ても、スカウト渡辺の顔は怒っている。
「おい!わざわざ家まで、足を運んでやってな!」
「その言い草は何だ!」
「御大に対して、とんでもねえぞ!なんて態度だ!」
「いいか、よく考えろ!」
「もし、そんな言い草、そんな態度を改めなかったら、こんな家は、どうなっても知らねえぞ!」
「火の海ぐらいじゃあ、済まねえ、ウチの若い連中を使って、お前の知人、友人、全て・・・しらみつぶしに・・・」
スカウト渡辺は、その手を首にあて、切る仕草をする。
しかし、光はまったく動じない。
冷ややかな目で、スカウト渡辺を見ている。




