第245クリスマスコンサート開始
ピエール神父の挨拶が終わり、すぐに第一部の演奏が始まった。
「うわーーー、全部アヴェ・マリアかあ、でもきれいなハーモニー」美智子
「うん、さっきより全然、力強い、いいなあ」小沢
ただ、聴衆の言葉はそこまでだった。
夏のコンサートと同じ、すぐに光の紡ぎ出す音楽に全員が引き込まれてしまう。
演奏が進むにつれて泣き出す人が多くなった。
「光君の音楽は、人の心を浄化するのかな、どんどん心がピュアになってくる」
小沢は、その驚きの中で、今までの自分の音楽界でのことを思い出した。
「君には確かに才能がある、だけどな、ちゃんと先輩に敬意を払って雑巾がけをしないと」
「先輩のミスは見逃せ、偉そうに指摘するな」
「そういう勝手な指揮は許せない、先輩奏者が演奏しやすいように指揮をしろ」
特に新人時代の、上下関係に厳しい、いや年齢だけが上下関係となる日本の音楽界に我慢ができなかった。
それ故、日本を飛び出し、あちこち音楽修行をする中で、実力を発揮した。
海外の音楽界とて、年齢による上下関係は多少あるが、本質的には実力社会である。
小沢の非凡な才能は、すぐに認められ、有名オーケストラで指揮棒を振ることが出来た。
しかし、海外で有名になり、戻ってきても日本の音楽界は何も変わっていなかった。
相変わらず年寄りだけが力を持つ社会だった。
結局、それに嫌気がさしてしまい、日本での指揮活動は特定のオーケストラで、ごくわずかにしかしなかった。
「そういう嫌な思い出も、光君の演奏で消えたな」
小沢はやっと自分の後継者として認めた光を、絶対に育て上げようと考えている。
コンサートの第一部が終わると、全員、総立ちの拍手となった。
光は、何度も頭を下げ、聴衆の拍手に応えている。
十分間の休憩の後、第二部が始まった。
第二部は、ペルゴレージの「悲しみの聖母」。
「うわ・・・しっとり系な・・・」
春奈は、始まった途端、全身が震えた。
「いや、しっとりだけじゃない・・・わかる?光君の身体・・・」
美智子は声も震えている。
「うん、何か、光っている、きれいな光に包まれている」
楓は身体を乗り出して光を見ている。
「そうか・・・悲しみの聖母か・・・」
圭子は目を閉じた。
「そうか・・・って?」
春奈も光から目を離せなくなっている。
「うん、この曲ね・・・」
突然、圭子が泣き出した。
「あ・・・わかった・・・」
美智子も思い出したようだ。
美智子も泣き出している。
「お母さん、この曲って?」
春奈も身体が震えている。
隣を見ると、華奈の母美紀も顔を覆って泣き出している。
ここまで、同時に圭子も美紀も美智子も泣き出す曲には何かあると思った。
「うん・・・ごめん、声・・・出ない」圭子
「私も・・・無理・・・」美智子
「小沢先生・・・お願い」
美紀は、何故か小沢に頼んだ。
少しして、ようやく小沢が口を開いた。
「ああ、ごめんね、僕も涙が止まらなくって」
「この悲しみの聖母は、菜穂子さんの葬式で、僕がずっと振っていた曲」
「アヴェ・ヴェルム・コルプスの前にね」
小沢の言葉も、ここまでだった。
小沢も光の後ろ姿を見て、号泣になった。
「ここね」
圭子が隣の一つ空いた席に手を置いた。
「ここは、菜穂子さんの席にした」
「さっき・・・菜穂子さん呼んだの」
「だから、今、ここに座っている、光君を心配そうに見ている」
圭子の言葉に、全員が頷いている。
そして、光の身体は、ますます光を増していった。
第二部の曲、悲しみの聖母全曲演奏が終わった
光と演奏者は、聴衆全員からの拍手を受けている。
クリスマスコンサートの正式な曲目としては、この曲が最後、後はアンコールとなる。
「さて、泣いてばかりじゃいられない」
小沢が席を立った。
にっこりと笑っている。
そして、そのままステージに上がってしまった。
これには、校長を初めとして、聴衆全員が驚いた。
何しろ世界の大指揮者小沢がステージに立ったのである。
小沢は再びにっこりと笑い、観客に頭を下げた。
そして今日の指揮者、光の肩を抱く。
その姿にまた、大きな拍手が沸き起こった。
「さあ、アンコールです」
小沢が観客にアンコールであることを告げた。
そして、合唱団の中からルシェールを手招きする。
ルシェールは顔を赤らめながら、ステージの中央で光と並んだ。
「多少、サウンドが違いますので・・・少し準備です」
小沢が舞台袖口に合図をすると、軽音楽部の久保田と清水が楽器を持ってステージに登場した。
その他、ドラムやエレキギター、エレキベースも音楽部の後方に準備された。
祥子先生は、パイプオルガンの席を降りて、キーボードの前に座った。
準備が完了すると、久保田と清水は光を見て、親指を立てた。
二人とも笑っている。
光もうれしそうな顔で親指を立てている。




