第241話実際はほとんど死んでいる光
「あれ?脈を診ているのかな」
春奈は首を傾げた。
「うん・・・でも・・・ちょっと・・・」
美紀の顔は不安に変化した。
「うん、光君はともかく、美智子さんが変」
圭子の顔も厳しくなった。
「本当に変・・・」
ルシェールの目の光が強くなった。
様々つぶやいていると、美智子が戻って来た。
そして美智子の顔が、蒼くなっている。
すると、圭子の顔が、一変した。
「まさか・・・?」
春奈は身体をガクガクさせている。
「うん・・・ほとんど死んでいる・・・脈が本当に弱い」
美智子は医師として実状を述べた。
そして、その言葉に巫女全員の身体が震えている。
光と由紀、華奈が大聖堂のホールに入ると既に全員が練習をしている。
学園の音楽部や合唱部に混じって、晃子や美佳、圭子の姿も見える。
また、合唱部も大聖堂直属の合唱部に加わり、発声練習に余念がない。
指揮台の前に、ピエール神父、ナタリー、校長の姿が見えた。
光は、真っ先に指揮台に向かい、あいさつをする。
「今日はよろしくお願いします」
光が頭を下げると、ナタリーに抱きかかえられた。
「ねえ、大変だったね・・・本当に」
ナタリーは抱きかかえるなり、まず顔が蒼くなった。
そして、泣き出してしまった。
「いえ、みんなの協力で、なんとか倒すことが出来ました」
光も丁寧にお礼をする。
足元もふらつくことはない。
「うん、この大聖堂の内部は私たちが守っていましたが、あんな巨大なミノタウロスや吸血鬼は見たことがありません、本当に、恐ろしくて外に出られませんでした」
校長も大聖堂の前の闘いを見ていたようだ。
何故か、いつもの校長よりは、言葉遣いが丁寧になっている。
「でも、本当によく身体が持ちなおしましたね、光君」
「今でも歩いてこられるのが不思議なほどで・・・」
ピエール神父は光の瞳の中をのぞいている。
「はい、コニャックの香りがするフルーツクリームサンドです」
「まさか、と思ったけれど、それで目を覚ますことが出来ました」
光は恥ずかしそうに笑う。
ただ、いつもの光とは微妙に笑顔が異なる。
「いや、コニャックはかまいません」
「あんなもので、光君が生き返るなら、いくらでもあげます」
ピエール神父は、それでも光の瞳から目をそらさない。
「うん、本当にコニャック風味のフルーツクリームサンドは美味しかった」
「ルシェールにも感謝です」光
「あの味付けというかレシピは、ナタリー直伝で」
ピエール神父は、普通に応え、少し表情が柔らかくなった。
しかし、何かに気づいたのか、哀し気な表情になっている。
「うん・・・やはり・・・そうだったのか・・・」
そのピエール神父の表情と光の瞳を校長は見比べた。
そして、校長も哀し気な表情になった。
光を抱きかかえるナタリーの涙は、いっそう激しくなった。
「光君・・・もう・・・無理しないで」
ナタリーはそのまま崩れ落ちてしまった。
校長たちと話をしていると、小沢先生と祥子が歩いて来た。
「うん、やっと本番だ、心置きなく」
小沢は哀し気な表情の校長とピエール神父を見て、少し驚くけれど、光の背中をポンとたたいた。
祥子は、泣き崩れてしまったナタリーを見ている。
この異様さには、小沢も祥子も何もできない。
「じゃあ、一度リハーサルをします」
光は、軽く会釈をして指揮台にのぼった。
クリスマスコンサートは前半が様々な作曲家のアヴェ・マリア特集。
モーツァルト、シューベルト、カッチーニ、グノー、珍しいところでブラームス、それぞれの作曲家によるアヴェ・マリアを連続して演奏をする。
編成は、音楽部に晃子、美佳、圭子が加わり、合唱部が加わった形である。
リハーサルながら、もともと響きには定評のある大聖堂、聴いている人が身震いをするような美しい響きになっている。
第二部は、ペルゴレージの「悲しみの聖母」全曲演奏。
「うん、大丈夫かな、テンポ、リズム、ダイナミックス全て素晴らしい」
「ある意味、モーツァルト以前では、ペルゴレージが最も天才的な音楽家だった」
「今でも、モーツァルトと双璧だろう、その美しさは・・・」
「その美しさを、真摯に上手に引きだしている」
小沢は、安心した顔になった。
小沢としても大聖堂に入って来た時の、校長やピエール神父、ナタリーの異様な雰囲気が不安だった。
おそらく不安の原因は、いつもにも増して、蒼白い光の体調が原因と思ったが、今、光が紡ぎ出している音楽そのものからは、不安の要素は伝わってこない。
不安以上に、音楽はしなやかさ、なめらかさ、強さを増している。




