第232話チャンスに弱い華奈
しかし、あまりにも直接的な言い方だった。
春奈のような「計略」も何もない。
「ただ、抱きかかえられたいだけでしょ」
「さあ、あと十分で駅に着くってメール」
春奈は冷酷に華奈をソファから立たせてしまう。
「・・・薄情もの」
華奈は口を「への字」にするが決定的な追い打ちをかける。
「ああ、華奈ちゃんのお母さんも迎えに出るって」
これでは華奈はあきらめるしかない。
「ねえ・・・いつかちょっとだけ・・・だめ?」
それでも華奈は春奈に必死に頼む。
「誰にも内緒で三十秒、私の肩もみ三十分」春奈
春奈と華奈の間で、光が知る由もない、「どうでもいい密約」が成立していた。
確かに駅で待っていると、奈良町からの巫女軍団は大きな荷物を抱えて改札口に姿をあらわした。
「そんなにどうして荷物が多くなるのかな」美紀
「お化粧道具かな、そろそろ歳だしさ」華奈
「それだけは、言わない方がいい、言ったら怖い」春奈
「わかった、肝に銘じます」
華奈が珍しく反発をしない。
「あれ?いつからそんなに仲が良くなったの?」美紀
「いやーいつもです」春奈
「ねえ、全く」華奈はニンマリ
「ふん、隠しても無駄、後で読んでやる」
美紀には春奈と華奈の「仲良さ」がどうにも納得できない。
結局荷物は分散して持ち、光の家に入った。
荷物が何しろ多いので、まずそれぞれにあてがわれた部屋に入り整理が必要となる。
圭子と楓は、光の父、史の部屋に入った。
「ふーん、史さんの部屋か、それもいいな」圭子
「シンプルなんだけど、さすが芸術家、全部手製か」楓
「うん、磨き込まれているし、使いやすそう」圭子
「今度、史叔父さんに家具を作ってもらうかな」楓
「ああ、いいかも、喜ぶよ、きっと」圭子
何しろウォークインクローゼットもかなり広い。
ただ、何も入っていないので、圭子と楓は持ってきた衣類を全部出しているようだ。
美智子と春奈は、光の母菜穂子の部屋になる。
「わあ・・・菜穂子さんの部屋だ、それだけで泣けてくる」美智子
「最初この家に来た時、光君が本当にきれいに掃除してあって、びっくりした」春奈
「うん、それが光君の心さ、ずっと大事に思っていたいんだね」美智子
「ところで、お母さんの今回の役割って何?」春奈
「うん、医師としての万が一の治療もあるけれど」美智子
「・・・うん・・・もしかして・・・あの力?」春奈
「ああ、それは本当に困った時ね、使わなければ使わない方がいい」
美智子と春奈は不思議なことを言い、光の母菜穂子の写真を見つめている。
「ところで、華奈ちゃんと美紀さんは?」
ようやく荷物の整理が終わりそうな美智子が春奈に尋ねた。
そう言えば、この家に入るまでは一緒だった。
「ああ、光君と珈琲を淹れるって・・・美紀さんは食材を家に取りに行った」
そう言い終えてから春奈の表情が変わった。
「うかつだった、今、華奈ちゃん、光君と二人きりか・・・危険だ」
こうなると母美智子などは、そっちのけになった。
春奈は、階段を駆け下りて台所に向かう。
「え?春奈さん、どうしたの?」
華奈は不思議そうな顔で春奈の顔を見た。
光もキョトンとしている。
「約束守った?」春奈
「ん?ハグのこと?守ったよ」華奈
「三十秒だね、守ったよね」春奈
時間の約束など、素知らぬ顔の華奈と、春奈の攻防戦が始まっている。
「ふん、結局何もできなかったくせに、意地張って・・・」
春奈と華奈の攻防戦のさなか、食材の入った大きな箱を持った美紀がリビングに入って来た。
「何もできなかったって?」
春奈も、首をかしげる。
「ああ、華奈のことならすぐに読める、何しろ単純だしさ、ハグのことでしょ」
確かに、簡単に読まれてしまっている。
「それにさ、この子ってさ、案外チャンスに弱いタイプ、肝心なところで凡打を繰り返すの」
美紀は、あきれたような視線を華奈に投げつける。
「へえ・・・そういうのって、野球でいったら巨人の打線みたいなのですか?」
春奈は、突拍子もないことを言い出した。
「うんうん、さすが春奈ちゃん、素晴らしい表現、ほんと、巨人ってさチャンスに打てないよね」
美紀も簡単に話に乗って来る。
「うん、相手チームのバッターが普通の木のバットとするとね、巨人のバッターは段ボールだと思った」春奈
「大人の野球と子供の野球さ、そういえば前の前の監督も現役時代チャンスに全く打てなかった、立ち回りだけは上手だったけれど」美紀
華奈のしかめっ面など、全く考慮にない会話が続いていると、ようやく二階から圭子と楓が降りて来た。
「あ、珈琲入りました」
光は、やっと口を開くことが出来た。
「へえ、機械で挽いたんだ」楓
「うん、父さんが作った」光
「うん、楽になったね、良かった」美紀
「手挽きだとこの人数では大変」華奈
「ああ、史さん、作り物は器用だよ」圭子
「でもね、光君が手で挽いてくれたのも、美味しい」春奈
「・・・今度、私が挽くかなあ」
華奈は少しやる気をだしている。




