第226話悪魔の襲来予想と宗教史学者美紀の解説
「あの吸血鬼・・・ですか?」
美紀も嫌そうな顔になった。
阿修羅が頷いた。
「はい、ルーマニアの山奥の古城が何者かによって放火され崩れ落ちた後、どす黒い雲が浮かび上がり、地中海方面に向かったとのことです」刑事
「おそらく、その雲は、そのまま潜水艦の上にかぶっているだろう」阿修羅
「はい、お見通しで・・・」刑事の声が震えた。
「当たり前だ、全ての悪念を阿修羅は見通すことができる、それから、その雲はやがて人の血を吸う霧となる」阿修羅
「それは・・・吸血霧ですか・・・」
春奈も心あたりがあるようだ。
「そんなのが日本を覆ったら・・・」ニケの顔は青ざめている。
「おそらく人間の活動は停止します、対抗する薬もなく」刑事の声が震えた。
「潜水艦の目的地は?」春奈は阿修羅の顔を見る。
「ああ、奴らのことだ、東京湾に直行さ・・・それから、既に神戸の教会で吸血霧の実験をしたようだ、それも地蔵さんに抑えられたけれど・・・」
阿修羅の目が光った。
「となると、警備体制も」刑事は阿修羅の顔を見た。
「うん、普通の人には迷惑をかけたくないな」阿修羅の声が重い。
「わかりました、それでは彼らが知らないような結界を張ります」
ここで、刑事は由紀の顔を見た。
由紀も頷いている。
「うん、彼らは、この国の結界の強さを知らない、破る技術もない」
「だから今まで、なかなか入り込めないのさ」
阿修羅の言葉はそこまでだった。
言い終えた瞬間、目の光が消えた。
「あれ・・・」
春奈は、光の顔を見た。
少し、ウトウトしている。
「うん、眠そう・・・」華奈
「いつもの、教室の顔」由紀
「起こします?」春奈
「いや、私が寝かしつけたくなった、あの顔、子供の頃と同じ」美紀
「へえ・・・可愛いかも」ルシェール
「よく覚えてらっしゃる、実の娘には冷たいのに」
華奈は、少しむくれる。
「だって、光君のおしめとか取り替えたもの、菜穂子さん身体弱かったから」
美紀は懐かしそうな顔になった。
「でも、美紀さんは、華奈ちゃんに冷たくないよ」
ルシェールは華奈の顔を見る。
「うん、華奈ちゃんが、もうちょっとね・・・」
由紀もルシェールと同じ意見のようだ。
「そうだね、まだまだ、競争相手には無理かな」
春奈は、ズバリ核心をつく。
「ふん、この可愛らしさをわかってくれる人は光さんだけさ」
何を言われてもメゲない華奈は、光の腕を抱えている。
結局光は、ソファでそのまま眠ってしまった。
「まあ、少し体力が落ちている時に阿修羅の力を使ったのだから」
春奈も、少々心配になるが、これ程の面子の中で眠っているだけなので、差し迫った危険はない。
相変わらず光の腕は華奈にしっかり組まれているが、由紀、ルシェール、春奈は何も気にしない。
「寝ているだけだし」由紀
「当座の支え役さ、後で変わろうっと」ルシェール
「どうせみんな帰れば独占さ」春奈
時折見せる華奈の「ニンマリ顔」などは
「意味のない笑顔」由紀
「砂上の楼閣」ルシェール
「引きはがされた時の泣き顔が楽しみだ」春奈
華奈が聞いたら、口がへの字になるようなことを、楽しそうに、それぞれ考えている。
「それでね、少し難しい学問的な話になるけれど」
華奈の母美紀が説明を始めた。
美紀の専門は、世界の宗教史である。
「まず、阿修羅というのはね、かなり古くからの人の気を集めている神。
魔神であるという意見もあるけれど、それはインド族にとってのこと、古くはペルシアの最高神なの。
阿修羅の起源としては、古代メソポタミア文明のシュメール、アッシリア、つまりペルシア文明とする説がほぼ、確定しています。
シュメールやアッカドのパンテオンに祀られていた神アンシャル。
アッシリアの最高神アッシュル、ペルシアのゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー。
それらの神、名前は違うけれど同じ神がインドに伝来してアスラとなり、中国で阿修羅の音訳を当てられたの。
仏教伝承では、阿修羅は須弥山の北に住み、帝釈天に倒されて滅ぶけれど、何度でも蘇り永遠に帝釈天と戦い続ける、との記述があるの。
ただ、それはインドとか仏教側から見た考えであって、阿修羅自身が滅びたことはない。
阿修羅の力をおそれた集団が、無理やり「帝釈天に倒された」にしていたらしい。
「ゾロアスター教とも関連が深いけれど、ゾロアスター教での「悪」は何だったのかというと、アーリマンと呼ばれる悪神で、これがどうやらインドにおける帝釈天だったらしい。
帝釈天は、ゾロアスター教側だと、阿修羅の原型である最高神アフラ・マヅダに何度叩きのめされても、性懲りもなく復活して反抗してくる野蛮で悪辣な魔神とされているの。
まさしくインド側とは善悪を反転させた裏返し神話なの。
アフラ・マツダつまり阿修羅は、宇宙最高神であり光明神であるところから、大日如来や東大寺の大仏、毘盧遮那仏のルーツとする考え方もある。
つまり、釈迦までも超越する大宇宙の如来が阿修羅という凄い話になるの」
美紀の長い、難しい説明が続いた。




