第209話文化祭(4)
光の顔の蒼さは消え、再びハツラツとした笑顔になった。
そして足取りもしっかりとしたものに変わり、再びステージに出て行った。
「ニケさん、さすが・・・」小沢
「いったい・・・どうして?」ルシェール
「中身は?」春奈
ルシェールも春奈も、おにぎり二個を一気に食べる光など見たことがない。
いつも小学生程度の量を必死に食べている光の姿だけを見ているのである。
「うん、神田明神前の天野屋さんの、葉唐辛子を中にいれたの」
「光君の家では、昔からあのおにぎりが好きでね」ニケ
「うん、僕も光君の家でよく食べたよ、疲れた時は本当に美味しい、生き返るんだ」
「アメリカとかヨーロッパでは食べられないから、ああ、日本でも東京でしか食べられないな」小沢も笑っている。
「ああ、おそらくと思って、余分に作ってきましたから」
ニケは、葉唐辛子のおにぎりを配っている。
「うん・・・これ・・・ピリッとして関西のとは違っているけど美味しい」春奈
「噛みしめるほどに力が湧いてきます」ルシェール
「いや・・・私も今度本番前に食べるかな」晃子
「うん、私も神田明神様に行ってくる」祥子
「うん、この味は、いいなあ・・・さすがニケ」校長
「いや、私も食べさせたくて仕方がなかった、この間、光君が鎌倉に来た時、夜の夢でさ、菜穂子さんが出てきてね」
「光君が、葉唐辛子のおにぎりを、菜穂子さんからもらって、美味しそうに食べているの」
「光君の姿も、六歳ぐらいかなあ、すごく可愛らしくてね、菜穂子さんも幸せそうで」
ニケは、少し涙ぐんでいる。
「うん、光君は、もう大丈夫さ、あのアヴェ・ヴェルム・コルプスが素晴らしい響きで始まった」小沢
「これこそ、聖歌ですね」校長
「学生もうっとりです」春奈
こうして、文化祭は無事、大好評のうちに終了したのである。
春奈は、奈良の圭子だけに、文化祭当日のことを連絡した。
下手に自らの母に連絡をすると、逆に叱られることもあるので、少しためらったのである。
「そうかあ・・・光君、頑張ったんだ、少しは成長したのかな」
「それでも、ニケのおむすびが効いたんだね、よかった」
圭子もうれしそうである。
「まさか、おにぎりを二つ一気に食べるなんて、予想できませんでした」春奈
「うん、昔から葉唐辛子とか佃煮のおにぎりが好きなの、光君ね」圭子
「そうかあ・・・奈良だけではないですものね」春奈
「どうしても、奈良にもあるけど、味が違う、でも私も食べたくなったなあ、神田明神様前の味」圭子
「え?圭子さんもですか?」春奈
「うん、せっかくだからさ、ナタリーの分も含めて、たくさん買って送って、ああ、お金はいいよ」圭子
「え?いいって?」
春奈は、圭子の言葉の意味がわからない。
「うん、楓に持たせるってことさ、来週でしょ?行くの」圭子
「・・・よくお見通しで・・・って楓ちゃん来るんですか?」
春奈は、驚いている。
「ああ、この間奈良に来た時、二人で約束したみたい」
「でも杉並まで行くと面倒だから、神田明神前で待ち合わせでどう?」圭子
「知らなかった・・・私まだ神田明神って行ったことない」春奈
「ああ、それじゃ、光君に私から言っておくよ、ちゃんと楓と連絡取りあうようにって」圭子
「ありがとうございます。光君、今はグッスリです」春奈
「あはは、そんなとこでしょ、でも最後まで出来たんだからうれしいさ」圭子
「圭子さんと話していると、落ちつきます」春奈
「うん、ありがとう、だいたい美智子さんが厳しすぎだよ、春奈ちゃん、すごく頑張っているのに、本当に弱々しい光君を、支えてもらってお礼のしようもない」
圭子の声が涙声になった。
春奈も、不意に涙がこぼれている。




