第208話文化祭(3)
「あれ?誰だろう・・・」春奈
「珍しく簡単に電話に出るし」晃子
「貴方の場合、何回もフラれるでしょう」祥子
「まあ、回数多すぎるかな」晃子
「かける回数?フラれる回数?」祥子
「・・・両方・・・」晃子
そんな話が続くけれど変化もあった。
「でも、表情変わっている」小沢
「焦っているみたい」春奈
「背筋伸びた」晃子
「うん、しゃんとした」祥子
周囲で、様々不安気な顔で見つめる中、光は電話を切った。
少し頭を掻いている。
「誰だったの?」
一応、春奈は聞いてみる。
またしても光は注目の的になる。
「えっと・・・ニケさんでした」
「もう会場に入ったって・・・」
光は、ちょっと焦っている。
準備と休憩の時間も終わり、今度は指揮者として、ステージに登場していった。
夏のコンサートの時と同じ、凄まじい拍手が舞夢を包んでいる。
「そうか・・・ニケさんか・・・」
春奈も納得した。
「無理やり、その気にさせるパワーはニケさんかな」小沢
「鎌倉のマルコ神父の・・・さすが・・・」
校長も良く知っているようである。
「まずはフィガロを聴きましょう」
ルシェールの顔も楽しそうである。
「ほおっ・・・」
小沢の顔が変わった。
「うん、練習と全然違う」校長
「ダイナミックスとテンポの変化が大胆です」ルシェール
「それでいて、嫌みが全くない、かっこいいなあ」小沢
「私もヴァイオリン持って来ればよかった」晃子
「一番前で弾けるから?」祥子
「あの高揚感にあふれた光君を身近で感じたいなあ」晃子
「・・・また、悪い癖・・・」祥子
「またじゃないし、あきらめていないし」晃子
「ライバル多いよ、もっと若い人がいるしさ」祥子
「大人の女の魅力があるさ」晃子
祥子と晃子がほとんど望みがない攻防戦を広げる中、春奈とルシェールは別のことを考えていた。
「ねえ、春奈さん、スタミナもつかなあ」ルシェール
「うん、ギリギリかなあ、でもちょっと心配」
ルシェールと春奈が少し不安になっていると、舞台袖口にニケが入って来た。
「おお、ニケさん」
小沢もうれしそうな顔をする。
「はい、マルコは万が一を考えて、結界を張りなおしました」ニケ
「うん、助かる、そのほうが安心してアンコールを聴くことが出来る」
校長も満足そうである。
「光君が、ステージに出続けて心配なんですが」
春奈は、率直にニケに相談した。
確かに、袖口で見ていても光の顔が少し蒼くなっているようだ。
ここで倒れられたら、アンコールどころではない。
「何、大丈夫さ、そんなことだろうと思ってさ」
「光君の大好物持ってきた、これでバッチリ生き返る」
確かにニケは何か紙の袋を持っている。
「・・・それって?」
何となく小沢が気づいたようだ。
「うん、関西風じゃなくて、神田の味さ」
「光君は奈良ばっかりじゃないのさ」
ニケはにっこりと笑った。
フィガロの結婚序曲が終わった。
「うわっ!凄い拍手!」晃子
「うん、かっこいいフィガロだったなあ」祥子
「盛り上げ方が、ロックだし魂がある」小沢
「あ・・・戻って来た」春奈
春奈の言う通り、光は拍手の中、舞台袖口に戻って来た。
かなり疲れているのか、肩で息をしている。
足元も、少しふらついている。
それでも、袖口で心配する人たちに頭を下げる。
「ほら、エネルギー補給しなさい」
いきなり、ニケが光の前に立った。
そして光に「おにぎり」を差し出したのである。
「わっ・・・これ・・・ニケさん、ありがとう!」
「今、すっごく食べたかった、美味しい」
光はニケの手から奪い取るように、おにぎりを食べている。
「一個と言わず、二個食べなさい」
ニケは二個目を差し出すと光は、まるで「おにぎりそのもの」を、飲み込むかのように食べてしまう。
「ありがとうございます、ニケさん、本当に助かりました」
光はあっという間に、おにぎり二個を食べ、にっこりと笑っている。




