第201話春奈の動揺 小沢先生の涙 そして光も
「え?このままだとって?結ばれるかもしれないって?」
ついつい同じ言葉を聞き返すてしまう。
「あはは、可能性の話だよ、確かに今の時点では、一番お似合いだと思うよ」
「おそらく一番気兼ねなく話が出来る相手は、残念ながら春奈ちゃんでも、華奈ちゃんでも、ルシェールでもない、その子さ」
圭子は、春奈も、薄々感づいていることを、サラッと言ってしまう。
「・・・となると・・・」
春奈の心も少し、揺れてしまう。
あの可愛い笑顔が、取られてしまうような寂しい思いも感じる。
「そんなこと思ってもね、仕方がないの」
「まだ決まったわけじゃないしさ、春奈ちゃんだって、そう思っているんでしょ」
「それに、寒川様の力が私たちに加わるほうが、今後にはいいかもしれない」
圭子は言い切ってしまった。
「そんなものですかねえ・・・」
春奈も、そう答える以外に、何もなかった。
翌日、音楽室に約束通り、小沢氏が現れた。
一応、校長室に寄ったのか、校長も一緒である。
「まあ、まさか小沢先生本人がなんて・・・」
祥子を初めとして、音楽部、合唱部、軽音楽部の部員も全員恐縮して、小沢氏を迎えた。
「いや・・・祥子さんと光君に頼まれては、仕方ないさ」
「というより、たまには遊びたくてさ」
小沢氏は、ジーンズのジャケットの上下、フランクな装いである。
「それにさ、光君の指揮も見てみたいんだ」
「この目でね」
小沢氏は光を見た。
しかし、光は何も変わることがない。
少なくとも小沢氏に対しては気後れすることもないようである。
「えーーーっと・・・」
相変わらず弱々しい声であるが、光が小沢に声をかけた。
「うん、なんだい、光君」
小沢が光に尋ねた。
「はい、取りあえず、音楽部も軽音楽部も合唱部も一緒に出来る曲ということで・・・」光
「うん・・・」小沢
「モーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスが、すぐに出来そうなので、どうでしょうか」
光は小沢の顔を見た。
「・・・いいのか?」
何故か小沢は、光に尋ねた。
出来る出来ないの話ではない、小沢の表情も変わっている。
やってもいいのか?という意味に、校長も取った。
「はい、かまいません、大丈夫です」
「では、早速」
光は、何のためらいもなく、指揮台に昇ってしまった。
既に、楽譜は配られている。
「う・・・」
演奏が始まった途端、小沢の口から息が漏れた。
そして腕を組んだ。
「どうして・・・まさか・・・」
「この曲を選ぶなんて・・・」
既に小沢は涙ぐんでいる。
「・・・どうかしましたか?」
校長にとっても、世界の大指揮者小沢の突然の涙は、理解しがたい。
確かに光が今、紡ぎ出している音楽は、天上の音楽のような癒しを感じる。
しかし、涙を流すほどなのか、演奏をしているのは学生、それにほとんど初見、はじめて楽譜を見ている段階なのである。
しかし、小沢は既に顔を覆って泣き出してしまった。
周りの人が声をかけられないほど、泣いてしまっているのである。
「小沢先生」
祥子も驚いている。
祥子とて、小沢は雲の上の存在。
いつも自信に満ち溢れて音大を初めとして、数々のステージを颯爽と歩いている小沢しか見たことがない。
その小沢が、号泣なのである。
「先生」
光が指揮台を降りて来た。
アヴェ・ヴェルム・コルプス自体は長い曲ではない。
号泣状態の小沢氏の手を光が握った。
「この曲、母の葬式以来ですね、先生の顔を見たら、一度聞いてもらいたくて・・・」
光は、優しく小沢に声をかけた。
「うん・・・君の母さん、菜穂子さんの顔が浮かんでさ・・・」
「あの時、僕が指揮したこと覚えていたんだ・・・」
「泣いちゃったよ、ごめんな」
小沢は涙顔ながら、やっと声を出した。
「いや、これは母と僕からのお礼です」
「十分な指揮じゃなかったけれど、どうしても聞いてもらいたくて」
光は、恥ずかしそうな顔をする。
「うん、二、三指摘することはあるけれど、十分な指揮さ」
「何より、モーツァルトが生きているし・・・」
「人の心の合わせ方が上手だ、これは、なかなか身につくものではない」
小沢は満足そうな顔になった。
「一曲振るかな、同じ曲でいいや」
そして、突然、小沢は指揮台に昇ってしまう。
そして、光と同じ曲、アヴェ・ヴェルム・コルプスを振り出したのである。
光も、すぐに泣き出してしまった。




