第195話光の別の顔
「うん・・・」
春奈は、安心と不安の両方を抱えていた。
「それにしてもなあ・・・」
光のことについて、知らないことが多すぎると思った。
確かに、本当に小さな頃、奈良町に光が行った時のことは、母や圭子叔母さんたちが、よく知っている。
しかし、光は、ほとんど杉並の家で暮らし、育っている。
その意味で、一番長い時間、光に接してきたのは、隣に座っている由紀なのである。
「少しウカツだったかも」
春奈は、反省した。
あまりにも奈良町の目線で、光を捉え過ぎていたと思った。
光が夏の熱中症で倒れた時は、奈良名物の茶粥しか、思い浮かばなかった。
「もともと、奈良町の血だから」という理由である。
しかし、光にとっては、「子供の頃に食べた懐かしい味」であって、本当に食欲をそそる味だったのか・・・
由紀のお弁当の味を覚えているのも大きい。
最近は、鎌倉のカトリック教会で光はかなり、磯料理を食べた。
旧知のニケのある意味強引な食べさせ方もあったけれど、それでも量的には、普通の人並みに食べていた。
いつもの、春奈の料理では、小学生並の量を必死に食べている。
「本当にお魚、新鮮だったから私たちも食べたけれど」
春奈は、考え込んだ。
もともと、奈良に海はない。
それ故、新鮮な海魚を食べる習慣は、ほとんど無かった。
今でも、夕飯のおかずに、生魚を買って帰ることは少ない。
「光君のお母さん、どんなものを作っていたのかな、同じ味は難しいにしても、もう少し食べさせないと・・・」
春奈は、思い余って光の父、史に聞いてみることにした。
「うーん・・・菜穂子の料理ですかあ・・・」
「私は、あまり家で食べたことがなくてね、いつも菜穂子と光だけだったかなあ・・・」
しかし、全く拍子抜けするような、史の応えである。
「あ・・・そういえば、菜穂子の本棚のどこかに、レシピを書いたノートがあるかもしれない」
「ねえ、本当に愚息で。ご迷惑ばかりおかけしまして・・・親子ともどもで・・・」
史も、必死に謝っている。
「・・・もう・・・ほったらかしにするから、こうなるの」
春奈は、史の言葉に少し腹が立ったが、とりあえず、菜穂子のレシピノートを探すことにした。
「へえ・・・シカゴの素直になれなくてかあ・・・」
授業開始前の光のクラスがいつになく盛り上がっている。
「うん、いろいろあるけれど、文化祭とかコンサートでも使えるかな」光
「あとは?」由紀
「えっとね・・・」
光は、鞄から一枚の紙を引っ張り出した。
「へえ・・・」
その一枚の紙にクラス全員が群がっている。
「セサミ・ストリート」
「カーマにおまかせ」
「タキシード・ジャンクション」
「セイブ・ザ・ワールド」
「レイラ」
・・・・・・・・・・
その他にも、様々なポップ、ジャズ系の名曲が書かれている。
「うーん、何か面白そう」
「アレンジもいろいろ工夫できそう」
「早くコンサート聞きたい」
「いや、まだ練習もしてない」
いろんな、期待する声があがり、光も微笑んでいる。
「ねえ、光君」
由紀が光に声をかけた。
「え?何、選曲変だった?」
光は由紀の顔を見た。
「いや、全部面白い、コンクールの自由曲変えたくなった」
由紀は真顔である。
「でも、それは・・・時間がないよ」光
「いや、そんなことはない、今日明日で編曲して、次の練習に間に合えばいい」
由紀は、一歩も引かない。
「あくまでも、コンサートで考えたんだけど・・・何がいいかなあ・・・」
光も考え出した。
「あ、昼休みに、祥子先生とか、合唱部部長の浜田さん、軽音楽部の久保田さんとか集まってもらって」由紀
「うん、そのほうがいいね」
光はにっこりと笑った。
「うん、うれしい、舞夢君、少し昔の顔になった」
由紀も、うれしそうな顔になる。
「その・・・昔の顔って、おじいさんってこと?」光
「あのね・・・どうして耳がいい加減なの、子供の頃みたいな顔ってこと」
由紀は、光に突っ込みながら、本当に嬉しそうである。




