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阿修羅様と光君  作者: 舞夢
162/419

第162話祈祷書と阿修羅の考え

光は教会の別室で、ピエール神父と向い合せに座っている。

二人の前のテーブルには、かなり古びた分厚い本が置かれている。


「はい、これが祈祷書でございます」

ピエール神父は、本当に慎重な言葉遣いである。

少し震えているようにも見える。


「うん・・・日本に来たのは・・・信長の時代、ルイス・フロイスか」

光の言葉遣いも変化している。

かなり重々しい。


「あ・・・はい・・・確かに西暦なら千五百八十一年、確かにフロイスのメモが挟んであります」

ピエール神父の声と身体の震えが大きくなった。


「まあ、震えることはないぞ、ここにあることが心配なら・・・滅却する」

光はピエール神父の目を見つめた。

その目は異様に光っている。


「・・・滅却と・・・言いますと・・・」

ピエール神父も不安げな顔になる。

千年、いや数千年かもしれない可能性がある祈祷書である。

それをいとも簡単に「滅却する」という光の考えが読み取れない。


「ピエール神父・・・誰と話をしていると考えているんだ」

光の声は一層重くなった。


「いや・・・既に阿修羅様・・・光君ではありません」

ピエール神父は、素直に白状した。

阿修羅でなければ、信長、フロイスの名前は出てこないと考えた。

信長が援助しなければ、あの当時はフロイスが日本国内を歩くなどはありえない。

ただ信長とて、旧来の仏法勢力への対抗手段のため、先端技術の香がする西洋文明にとびついただけであるが・・・


「それならば滅却してもかまわない」

「その祈祷書とかの中身は、全てわかっている」

「アラム語は・・・母国語だ」

「阿修羅は、お前たちのあがめるイエスより古い」

阿修羅は言い切ってしまった。


そして両手を一旦左右に開き、ゆっくりと正面で合わせた。

光の姿も阿修羅に変化している。


「う・・・阿修羅様の合掌・・・何もためらうところなく・・・」

ピエール神父の身体全体が硬直した。

と同時に「祈祷書」がテーブルの上に浮き上がった。


「これは・・・」

ピエール神父は硬直したまま身体を動かすことが出来ない。

その硬直した神父の目の前を「祈祷書」が阿修羅の合掌に向けて動いていく。


「あ・・・」

ピエール神父は腰を抜かしてしまった。

「祈祷書」が阿修羅の合掌の上で一旦留まった後、合掌の中に消えてしまったのである。


「気にすることはない」

腰を抜かして立ち上がれないピエール神父に阿修羅が声をかけた。


「・・・」

ピエール神父は、声も出ない。


「そんなに大切なものなら、騒動が終わったら返す」

「ああ、古いから新品に磨きなおしてからな」

阿修羅の重々しい声がピエール神父の耳に響いた。

その瞬間、阿修羅の姿が消えた。


光がぼんやりと座っている。



「はい、お疲れさま」

別室から戻った光の前に、洋菓子サヴァランが置かれている。


「へえ・・・」

「ルシェールこんなの出来るんだ」

光はうれしそうに食べてしまう。


「えへへ、料理はオムレツ以外は、母ナタリーにほとんど任せたけれど、私だって光君にもう少し何か作らないとね」

ルシェールは、光の隣に座った。


「うん、全部美味しかった」

「さすがだなあ」

いつもぼんやりとしている光が、珍しくほめている。


「ほめられると、うれしいなあ・・・」

「お土産もあるから持って帰ってね」

ルシェールは、大量のサヴァランとフレンチトーストの入った袋を光の前に置いた。

「うん、気が利くね」

光も感心した顔になる。


「うん、そろそろ楓ちゃんと華奈ちゃん来るから持たせる、あ、春奈さんの分もね」

ルシェールは光の予想しないことも言った。


そして首をかしげて教会の前に出た光の前には、ルシェールの言葉通り、楓と華奈が歩いてくるのである。

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