第160話豪勢な食事とその後
「ねえ、楓ちゃん、お料理何かなあ・・・」華奈
「まあ、フレンチトーストなんて簡単なもの出さないさ、きっと豪華」楓
「そんな簡単って言ったって、楓のフレンチトースト固くて美味しくない」圭子
「それを言うなら、華奈なんか玉子焼きもちゃんと焼けない」美紀
むくれて前を歩く楓と華奈の背中を見ながら、春奈は「勝利の快感」に酔っている。
日本人女性が五人、フランス人女性が二人、男性は日本人の光、フランス人のピエール神父が細長い食卓に座っている。
「春奈ちゃんに人数確認するまでもなかったね」圭子
「うん、大皿料理をそれぞれ取り分けるのかな」春奈
「華奈だけ余分だったのかな」美紀
「そんなことはない、一番若くてきれい」
相変わらず華奈の発想は、理解しがたい。
「料理すごいよね、さすが食の王国、フランスだ」楓
「よだれたらさないの、恥ずかしい」圭子
様々な、どうでもいい攻防戦が繰り広げられているが、一応光は長辺の真ん中の席。
光の隣に、楓と春奈が座っている。
華奈は、楓と春奈に一瞬先を越され、端の席になった。
光の正面の席には、ルシェールが座り、様々な料理を光の皿に乗せている。
「すごっ・・・」
華奈は今にもよだれがでそうな状態である。
「トリュフのオムレツなんて・・・」
美紀も興奮している。
とにかく、トロトロのオムレツに細かく切ったトリュフが程よくまぶしてある。
「お母さん、コレステロール高いけれど」
末席に座った華奈が、美紀に悔し紛れの牽制球を投げる。
「大丈夫、これくらい・・・」
美紀は何も気にしない。
少なくとも華奈より多めに取っている。
「あなた、取り方不器用ねえ・・・まだまだ・・・そんなことも出来ないの?」
むくれる華奈に冷酷な追い打ちをかけている。
光の皿にもルシェールにより、トリュフオムレツが乗せられた。
「ねえ・・・なんとかルシェールがこしらえたんだけど、どう?光君」
ナタリーから、心配する声がかけられるが、光は珍しく食が進んでいる。
ナイフとフォークの使い方もきれいである。
「ああ、懐かしい、すごく美味しい」
笑顔でペロリと食べきってしまう。
春奈の顔には焦り、華奈の顔には絶望感が浮かぶ。
スープはコンソメ。
鶏ガラ、老鶏、牛筋、牛骨でブイヨンを作り、玉ねぎ、ニンジン、セロリ、卵白などを入れた正統派のもの。
これもルシェールが光に取り分け、光も美味しそうに飲み干している。
その他、ラタトゥイユや子羊のステーキなど、大量の料理となった。
光は全てルシェールに取り分けされ、全部食べてしまう。
「ありえない・・・」
光の日頃の小食ぶりを目にしている、春奈、華奈、楓、圭子たちが、驚いている。
「それでもねえ・・・光君、大きくなったわねえ・・・」
ルシェールの右隣に座るナタリーが光に声をかける。
「本当に小さい頃から見ているけれど、顔は変わらないね」
「ルシェールもこの間偶然ホテルで逢って、すぐにわかったって、もう大興奮だった」
ナタリーの隣でルシェールが顔を赤らめている。
ただ、光は次第に目がトロンとしてきている。
少しずつ身体が揺れ始めた。
「消化能力も弱いくせに食べ過ぎるからだよ」楓
「絶対、外人コンプレックスだ」春奈
「早いところ、春奈さんと楓ちゃんを、引きはがして私が横で支えるべきだ」華奈
「でも、本当に眠そうだ、寝かしつけてあげたい、子守歌もいいな」美紀
「うーん、それでも食べるから、ルシェールのほうが、華奈ちゃんよりいいかなあ」圭子
日本人巫女五人が、様々思考を巡らす中、ようやくピエール神父が口を開いた。
「光君、わざわざすまないね」
「はるばる東京から、お疲れさま」
ピエール神父から丁寧な言葉である。
既に眠りの世界に入っていた光も、姿勢を正した。
「はい、それで・・・あのメールですね」
光にしては、キチンと話をしている。
どうでもいい思考を巡らせていた日本人巫女五人も、素直に姿勢を正している。
「ああ、メールはごめんなさい、ナタリーは日本語書けないので、フランス語だったそうで」
ピエール神父は頭をかいた。
ナタリーも神妙な顔になった。
「とにかく十二月二十四日の赤坂の大聖堂でのコンサートの件はよくわかりました」
「それについては、学園の音楽部や知り合いの演奏家でしっかり対処させていただきます」
「ただ、あのアラム語が・・・」
光の顔がいつになく引き締まっている。
「はい・・・そのアラム語の件です」
「この教会にしか、その祈祷書がありません」
「それは全世界という意味、バチカンにもありません」
ピエール神父の顔は、真剣、必死である。
「その祈祷書を狙っているのでは」
光の目が異様に光った。
「おっしゃる通り・・・あれが世に出ると・・・世の中、地球上がひっくり返ります」
神父の身体全体が震えている。
光に対する言葉遣いも、本当に丁寧になった。




