第157話美紀の涙
「グリーン車はいいけどさ、どうしてこの座り方?」
案の定、新幹線車内で華奈がむくれている。
光の言葉通り、華奈はその母美紀と座り、光は春奈と座っている。
そのうえ、光も華奈も窓側の席である。
これでは少なくとも京都までの三時間、華奈が光に近づくことは困難になる。
唯一のチャンスは近鉄に乗り換えた時以外にありえない。
華奈にとって、絶望的な口惜しさである。
「そんなこと言ったって、親子だからいいじゃない」
「文句言ったらアイスもジュースもないよ」
「電車酔いしないように、わざわざ窓側に座らせてあげたのに」
春奈も呆れるぐらいに、華奈の母美紀は、華奈を子供扱いしている。
そのうえ美紀はしっかりとスパークリングワインを美味しそうに飲んでいる。
「ふん、いい気味だ」
日ごろ、どうにも先手を取られる華奈の「惨状」に春奈は、心を強くしている。
「でもなあ・・・」
春奈は隣に座る光を見る。
光は案の定、座ったまま熟睡。
「こうなると、誰が隣に座っても同じ」
「ねえ・・・富士山が見えるよ」
ようやく声をかけても薄目を開けて見る程度、またスヤスヤと寝息である。
「でも、寝顔可愛いなあ」
「ほっぺた、ツンツンしたら面白そうだ」
「びっくり寝ぼけ顔も好きだ」
「毎朝、それを見るの大好き」
「どうせ華奈は近寄れないし、ツンツンしてみるかなあ」
「華奈の悔しそうな顔を見るのも、これはなかなか、オツなものだ」
春奈は、「暇つぶし」に、光の顔をツンツンして遊ぶことを思いついた。
そして、思いついたら行動が速い。
少なくとも「亀」の光とは違う。
準備として、指をハンカチで拭きはじめた。
しかし、春奈の暇つぶしはあっけなく中断となった。
突然、春奈のスマホが光ったのである。
「こんないい時に・・・」
口を尖らせる春奈であるが、車内での携帯は遠慮とあるし、スマホの相手は圭子叔母さんである。
「しょうがないなあ・・・」
春奈は立って周りを見回した。
「あれ・・・」
美紀も同時に席を立ち、同じように携帯を持っている。
少し厳しい顔になっている。
「何かあったのかな」
結局二人して、席を立ってデッキに向かうことになった。
圭子叔母さんからの電話は、結局たいしたものではなかった。
単なる人数確認、しかし、それでがっかりして戻って来た春奈の前に「許されざる」光景が見えている。
「油断も隙もあったもんじゃない」
春奈は、自分のうかつさを反省した。
当然のような顔をして、華奈が春奈の座っていた席に座り、しかも光の腕をガッチリと組んでいるのである。
「華奈ちゃん、席が違いますよ」
一応、人前であるし、有名学園の教師である。
春奈としては、上品に声をかける。
人前でなかったら、力づくで引きはがしている。
しかし華奈もそんな上品な対応は読み切っている。
「いやーーー私も眠くて・・・」
そのまま、目を閉じて光に寄りかかってしまう。
「う・・・教師、社会人、大人・・・」
様々な「社会的立場」が春奈の行動を岩盤のように規制する。
口惜しいにも、何もできないのである。
しかし、強力な援軍が帰って来た。
華奈の母、美紀である。
立ち尽くす、春奈に冷静に頭を下げた。
そして、親の特権で華奈を強引に引きはがした。
春奈の顔に、心からの安堵と美紀に対する感謝の意が浮かぶ。
「ありがとうございます」
口に出してお礼まで言う。
さすが、美紀だと思った。
尊敬の念まで覚えている。
しかし、その念や感謝はたちまち消え去った。
「え?」
これには、春奈も華奈も目を見張った。
「えへへ、懐かしいなあ・・・」
なんと美紀が光の隣に座ってしまった。
「寝顔なんて何にも変わってないよ」
「可愛いよね、ほんと・・・」
「子供の頃さ、おしめ替えたりしたの」
「でも身体弱くてねえ・・・」
「菜穂子さんも嘆いていたもの」
「こんな弱い子置いて、死んじゃうなんて、子不幸だよ・・・菜穂子さん・・・」
美紀は泣き出してしまった。




