第155話村田とカルロス
レスリング部の前顧問村田は憔悴した顔で渋谷の街を歩いている。
「こともあろうに・・・」
「あんなに校内の風紀を乱す光に高田がやられ・・・」
「そこまでは、万が一想定をしたけれど・・・」
「徒党を組んでの主張は正解だった」
「完全な校則違反だ」
「それを校長も理事長も何故、認めない」
「それどころか、クビ、高田まで退学・・・」
「おまけに後ろで見ていた前田は何もしない」
「俺の方針を聞かないうえ、総合格闘技なんぞに足を突っ込む」
「レスリング部員が不当にも痛めつけられたのに見ているだけ」
「俺の方針を聞かずして、都大会出場を取り消された逆恨みか?」
「それだって、教師の指示に従わない校則違反だ」
「スポーツ選手として、いや男として恥ずかしい限りだ」
学園内の誰もが、あきれるような理屈ではあるけれど、村田はそれを考え続けている。
そもそも、今回の騒動に対する反省は全くない。
自らの正当性以外は、全く考えていない。
しかし、突然職を失ったことには変わりがない。
毎年ベンツや横浜の家賃を提供してくれる「スポンサー」にしても、有名オリンピック選手、有名学園のレスリング顧問として、秘密裡に資金他を提供する。
それが無職となれば、今後はおぼつかない。
有名オリンピック選手だけでは、特にここ日本では生活は難しい。
「おや、ムラタさん」
憔悴して渋谷の街を歩く村田の耳に、変な発音が聞こえて来た。
「ん?」
怪訝な顔で村田は声のする方に向き直った。
「ああ・・・カルロス?」
村田の記憶は、目の前に立つ男を見るなり、よみがえった。
でっぷりとした体型の男が立っている。
スペイン出身、若い頃はオリンピックで闘ったことがある。
もちろん、その時代のカルロスは、鍛えており今のようにでっぷりではない。
「ああ、よくわかりましたねえ・・・」
「私も体型が全然違ってしまって・・・」
カルロスは陽気な笑みを浮かべる。
「本当に肥ったなあ・・・」
「ところで、どうしてここに?」
村田は、何故かつてのオリンピック仲間、それも闘ったことのあるスペイン人がここにいるのかわからない。
逢うにしても、二十年以上経っている。
それに発音も変ではあるけれど、日本語で話が通じている。
「ああ、去年から日本に来ました」
「今は、すぐそこでスペイン料理店しています」
カルロスは、本当に機嫌が良さそうだ。
何しろニコニコと笑っている。
その笑顔から憔悴していた村田でさえ、笑みが戻っている。
「へえ・・・面白そうだなあ・・・一度、行ってみたいなあ・・・」
既に学園を解雇された村田には、十分過ぎる時間がある。
多少は社交辞令もあるけれど、村田もにこやかに答えた。
「あーーそれならですねえ・・・」
カルロスは変な発音ながら、腕時計を見た。
「今、三時半・・・店が始まるのが六時半・・・」
「三時間もあるから・・・少し遊びましょう・・・」
カルロスは、そこでニヤッと笑った。
「遊び?」
村田は、カルロスの言う「遊び」が理解できない。
首をかしげている。
「ああ、遊びですよ、面白そうだ」
「さあ、来てください」
カルロスはどんどん歩いて行ってしまう。
仕方なく村田も後を追う。
「ここ?」
カルロスが足を止めた場所にスペインレストランがあった。
かなり豪華な店である。
「ああ、はい、ここで細々とね・・・でも遊びの場所はここの地下にあります」
カルロスは地下に続く扉を開け、どんどん階段を下りていく。
「ここです」
カルロスは地下室の扉を開けた。
「え?」
村田は目を疑った。
レスリングのマットがある。
「ここは?」
村田も疑問に思う。
「え?看板見なかったの?ここでレスリング教室やっています」
「だからここで、村田さんとレスリングして遊ぼうってね・・・」
カルロスは相変わらず陽気に笑っている。
「もし遊びが嫌だったら、本気でもいいですよ」
「その代わり、カルロスが勝ったら、カルロスが村田さんの主人です」
あっけに取られている村田にカルロスは、意味不明なことを言った。
そしてその「遊び」がやがて起こる争乱の引き金となったのである。




