第146話vsレスリング部(2)
「そういえば聞いたことがある」
山下は隣に立った春奈に声をかけた。
「え?何かあるんですか?」
春奈も、怪訝な顔で山下を見る。
「あの村田さんね、すごく几帳面で理論派なんだけど」山下
「はい」春奈
「プライドがメチャクチャ高くて、他人に頭を下げることが出来ない」山下
「はい・・・」春奈
「それでね、少しでもプライドが傷つけられると、いとも簡単に暴発する」山下
「うん」春奈
「おそらくね、斎藤に正論を言われてしまって、うろたえている、まさか斎藤まで出てくると予測していなかったのかな」山下
「うーん・・・」
春奈は、村田と野村の動きを見ている。
レスリング部顧問村田が立ち上がった。
「ああ、斎藤、この野村は校内秩序、風紀の乱れを放置している」
「それだから、注意するために、ここに連れて来た」
「そこの、馬鹿な光のような、不逞の輩と同罪だ」
レスリング部顧問村田は、相変わらず暴言を繰り返す。
しかし、そもそもの原因が、その応えではさっぱりわからない。
「よくわからないのですが」
斎藤は素直に再び問いかける。
「ああ、まだわからないのか、このでくのぼう!」
「野村の校内の役は何だ!」
村田は怒鳴った。
「・・・風紀委員です」
柔道部員野村は、その真面目さを買われて、校内の風紀委員を務めていた。
「ああ、やっとわかったか」
「その風紀委員がな、校内秩序と風紀を守る仕事を全くしない」
「野村のクラスに、光がいるだろう」
「いつだって、女子学生が群がって、廊下も通れやしない」
「それなのに、野村は何にもしない」
「交通整理すらしない、その必要性さえ気が付かない」
「そんな無能な男は、社会に行っても通用しない」
「野村と光のために、学園内の風紀と秩序が乱れきっているんだ」
「そんな不逞な輩は、どんどん学園から追い出すべきだ」
「そして平穏な勉学に勤しむ本来の学園を取り戻さなければならない」
「その説教をしていたんだ」
「それを何だ!」
「その馬鹿の光が、こんな徒党を組んで押しかけてきて、これは重大な校則違反だ」
レスリング部顧問村田は、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
しかし、その笑みについて誰も納得していない。
「そんな光君のクラスに女子学生たちが集まって通りづらいぐらいで、校則違反?」
「それで、野村君を突然呼び出して、心配して駆けつけた光君が風紀を乱すの?」
「それにしても、何も悪いことをしていない斎藤さんを、でくのぼうなんて言い過ぎ」
「交通整理って言ったって、ちゃんと、歩けるしさ」
「あの顧問おかしくない?」
「ちょっとしたことで言いがかりをつけているだけ」
学生たちがいろいろ文句を言うが、レスリング部顧問村田は腕組みをして笑っているだけである。
斎藤も柔道部顧問山下もあきれてものが言えないでいる。
ところが、突、光が動き出した。
どんどんレスリング場の真ん中に歩いていく。
これには、見守る全員も驚いた。
レスリング部顧問村田でさえ、何も言うことが出来ない。
「レスリング部顧問の先生」
光は村田に声をかけた。
村田も驚いて光を見ている。
予想外の動きらしい。
「ああ、要するに、この僕が気に入らないんでしょう?」
「運動部、特に格闘系の人ってそうだもの」
「気に入らないと、何でも難癖をつけてくる」
「痛めつけたくてしょうがないんでしょ?」
「昼休みもなくなっちゃうし、お弁当も途中だから、さっさと済ませましょう」
「そこの高田さんでいいです、タックルでも何でも、やってみてください」
光の口から、信じられないような言葉の連発、まさに挑発である。
全員があっけにとられた。
ただ、「格闘系の難癖」で斎藤だけが下を向いた。
「この野郎!高田!行け!」
理論派村田は、ここで切れてしまった。
レスリングなど、全くやったことのない光に都大会二位の高田を仕向けたのである。
少なくとも校則違反の程度を超えて、下手をすれば傷害罪、犯罪にも問われる行為である。
しかし大勢の前で、まず斎藤に疑問を投げかけられ、「ターゲットの本命、不品行の光」になじられ、プライドだけは高い村田は、どうでもよくなってしまった。
ただ、唯一、村田は逃げ道を作ってあった。
村田の手帳には、常に校長の予定が書いてある。
その校長は、十二時から出張の予定、ここで何か不始末をしでかしたにしても、校長は現場確認が出来ない。
現場確認が出来なければ、後はなんとでもなる。村田は、そう思い込んでいる。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
都大会二位の高田は光を見てせせら笑っている。
「野村だって、ちょっと騙して蹴りを入れたら、簡単」
「あんなきれいごとばかりやっている柔道だから、勝てねえのさ」
「闘いなんて勝てばいいんだ」
「さて、いくかな」
高田はニヤニヤ笑いながら、蹴りの構えを取った。
およそ組み合うレスリングにはありえない構えである。
見守る学生たちから、どよめきと悲鳴があがった。




