第144話柔道部野村がレスリング部に拉致された
どうにか午前中の授業が終わった。
ボクシング部に絡まれる前までの光のお昼は、サンドイッチそれもフルーツクリームサンドだった。
しかし、その後のバトルやら何やらで、まず三年生の美少女由香利が弁当を作って持ってきてくれた。
その後は隣の由紀や同じクラスの女子学生たちから「心配だから」という理由で、結果的に順番にお弁当を差し出されている。
小食の光としては、ヒイハアいって食べているけれど、出した方は真剣である。
光が何から口に入れるか、何を最後に食べるのかしっかりメモまで取っている。
光の知らないところで、お弁当NO1獲得競争が始まっていたのである。
さて、今日は二学期最初の日ということで、隣の由紀が当番のようだ。
「はい、光君、しっかり食べてね」
由紀は満面の笑みを浮かべてお弁当を光に差し出した。
しかし、光の様子が少し変。
いつものぼーっとした顔でもなく、キョトンとした顔でもない。
少なくとも焦った顔になっている。
「あ・・・お弁当・・・ありがとうございます」
光は確かに由紀のお弁当にはお礼を言った。
しかし、見るところ、光の手にはもう一つのお弁当がある。
「む・・・・」
由紀の表情が変わった。
「これは・・・」
他の女子学生も寄って来た。
「由香利さんだ」
「由香利マークが縫い付けてある」
「しかもハートマークまで・・・」
「光君ラブだって」
女子学生たちの顔が、段々とキツクなる。
「いつもらったの?」
少なくとも朝はもっていなかった。
由紀は本当に怒っている。
しかし、光にとって由紀は恋人でもなんでもない。
そういう仲であるのに、他人から弁当をもらって怒られるなども理由がわからない。
「あの・・・さっきの休み時間に」
タジタジと光が応える。
「・・・まあ、しょうがないね」
あまりのタジタジさに、由紀も少しおさまった。
「中を開けて見たら?」
由紀の考えとしては、両方食べさせればいいし、味で勝てばいい、そう思ったのである。
ただ、開けて見て驚いた。
中には、由香利からのメモが入っている。
「何だろう・・・」
これには、いい加減な光も反応した。
さすがに女子学生が集まっている前で、由香利の手紙を無視することも変だ。
それに由香利から今朝レスリング部の不穏な旨のメールをもらったばかりである。
また、手紙も便箋ではない。
普通のメモ用紙だった。
内容は単純、由香利にしては珍しく走り書きである。
「レスリング部高田に注意」
「光君をどこかで襲うみたい」
「顧問の村田先生が光君のことを怒っているらしい」
「何でも、素行不良で校内追放を狙っているみたい」
「でも、危ない人だから内緒でね」
光はメモを読み終えて首をかしげた。
「素行不良?」
「確かに怠け者だけど・・・悪いことはしていない」
光と一緒に「メモ」を見ていた由紀たちも首をかしげる。
「由香利さん、確かに光君を狙っているけど、変な嘘は言わない」
「高田って人、由香利さんのクラスだよね」
「そういうこと、口走っているのかな」
「ああ、そう言えば高田さんって、秘密が守れないタイプって聞いたよ」
「うん、テストの点数とか盗み見して、全部ばらされるとか」
「でも顧問の村田先生も、どうして秘密を守れない人に、そんな危ないこと頼むのかな」
「うーん・・・謎だ」
「でも由香利さんに悪いから、これ内緒ね」
「それからお弁当は二つ食べて」
「光君のこと、これから毎日送って帰るかな」
女子学生たちが光を取り囲んで様々盛り上がる中、光は必死にお弁当を二個食べていた。
ただ、光と取り囲む女子学生たちには直接の動きはなかったが、男子学生たちが何か騒いでいるようだ。
「おい!よせ!」
いろんな声が聞こえて来た。
語調も少々不穏。
これには、光も立ちあがった。
弁当はまだ、十分の一しか進んでいない。
「どうしたの?」
光は、騒いでいる男子学生たちの所に近寄った。
「ああ、光君、ごめんね」
「それがさ、野村君がいきなり三年生の高田さんに連れて行かれたのさ」
「止められなくて」
男子学生の顔は、少し腫れている。
「理由は何なの?」
光が尋ねるが、誰も答えられない。
ただ、理由もなく引きずっていってしまうとは、いかに三年生の先輩とはいえ、認められることではない。
しかし、野村とて柔道では都大会三位の実力者である。
そんなに簡単に、引きずられることもありえない。




