第141話光の珍しい空腹発言 夏休み終了
「うん・・・」
変なことを言ったきり、難しい顔で、しばらく腕を組んでいた光が突然口を開いた。
これには春奈、華奈、ルシェールが身構えた。
三人とも真剣に光の次の言葉を待つ。
「おなか減ったかなあ・・・」
しかし、光の口から出た言葉は、あまりにも拍子抜けするものだった。
ただ、それで、三人はがっかりすると同時にやっと、動き出すことが出来たのである。
「そうだねえ・・・ルシェールがいるんだから・・・」春奈
「うん、得意のフレンチトーストがいい、だって、真ん中がプリンみたいで美味しい」華奈
「ああ、珈琲は光君挽いてね」春奈
「へえ、挽けるようになったんだ」ルシェール
「うん、高校二年生だもの、それぐらい出来ないと」華奈
「わあ、それじゃあ、結婚してもずっと淹れてもらおう」ルシェール
「うーん、それはないかなあ」春奈
「ああ、先約は時効だよ」華奈
「そんなことないさ、楓ちゃん可愛いけど・・・」ルシェール
「可愛いけど何さ」
華奈が少しむくれる。
「ああ、幼児体型ってこと?」春奈
「うん、まだまださ、全然まだまだ」ルシェール
「でも、若いよ、華奈のほうが」華奈
「あのね、若くて可愛いだけじゃ、男の心はつかめないの」春奈
「でも光さん、コンサートの後、華奈のこと可愛いって言っていた」
華奈は必死に食い下がる。
「あはは、あんなの寝言」春奈
「少なくとも、このルシェールが、そんな寝言認めない」ルシェール
「まだまだ狙っている女は多いし、晃子さんだって」春奈
「ふん、あんな年増魔女」華奈
「他にも、由香利さんとか・・・」春奈
「う・・・」
華奈も由香利には、一目置いているようである。
「私だって、何とか・・・」春奈
「ああ、それは全くありえません」ルシェール
「うん、年増過ぎ」華奈
二人の敵対する者同士が、ようやく手を結んだ。
春奈は苦々しい顔でフランスパンを切り始めた。
心なしか、いつもより切る音が、大きい。
光は、三人の女性の話を何も聞いていない。
モタモタと、珈琲ミルに豆をいれ、挽いているだけである。
ただ、時折目が光ることがある。
そしてつぶやく。
「金剛力士か・・・ごついなあ」
少し嫌そうな顔をしている。
ルシェールお得意のフレンチトーストを四人で食べることになった。
珈琲も光が必死の思いで挽き淹れたのを、美味しそうに飲んでいる。
「それでも、おなか減ったなんて珍しいね」春奈
「何にもしていないのにね」華奈
「うん、子供の頃から、光君私のフレンチトーストだけは、いつも食べてくれた」
ルシェールは得意そうな顔になる。
「でも、それって、婚約とかとは違うよ」春奈
「おでんのほうが美味しいかも」華奈
相変わらず華奈の反応は、「ただ反応しているだけ」、苦し紛れである。
「うーん・・・華奈ちゃん、料理苦手だっけ」
春奈は、少し苦し気な華奈に、冷酷な追い打ちをかける。
「ふん、じゃあ全然だめじゃない。食が細い光君を任せられない、やはりルシェールさ」
ルシェールは、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「でも、本当だよね、これからとんでもないバトルになるかもしれない」
春奈は真顔になった。
「うん、暑いのも弱いけれど、寒いのもだめだから支える身体がね・・・」華奈
「あのバトルは私も見ていましたけど・・・あの程度の相手ならあれでいいけれど」
ルシェールは心配そうな顔になる。
「そうかあ・・・見えていたのか」春奈
「さすが・・・マリア様の巫女」華奈
「うん、そんなことはいいけれど・・・」ルシェール
「この子の体力か・・・」春奈
「当分、圭子叔母さんも楓ちゃんも来ないし」華奈
「わかりました、危ない時はわかりますから、すぐに飛んできます」ルシェール
「うん、助かるなあ・・・私も仕事しているから」春奈
「ああ、大丈夫、そういう時は私が面倒を見ます」ルシェール
「そうだよね、華奈ちゃんよりは、大人だし料理上手だし」春奈
「・・・裏切もの」
華奈は春奈を睨んでいる。
「でもさ、晃子さんが来ちゃったら?」華奈
「ああ・・・外には出しませんよ、危ないから」ルシェール
「どういうこと?」春奈
「取りあえずこの家、広いから防音工事をして、ここで練習します」ルシェール
「防音工事って費用かかるよ?」華奈
「ああ、そんなの教会の費用でいい、将来の旦那様だし」
ルシェールは光に寄りかかってしまう。
「・・・それはともかく・・・」
春奈はルシェールを光から引きはがした。
結局防音工事が為された。
ただ、費用は光の父親が遠慮して、光の家が払った。
そして、晃子も光を外に連れ出すことが出来なかった。
何しろ今後のスポンサーのルシェールが毎日、光の家にいる。
渋々ながら、華奈のヴァイオリンのレッスンまでするようになった。
そんな状態で光の高校二年生の夏休みは終わった。




