第140話アラム語の呪文
「む・・・」春奈
「そうなると先約じゃないな、私はまだ可愛い一歳」華奈
「それにしても、まだ覚えているなんて」春奈
「私の時は公園のブランコの前だった、ちょっと・・・弱いな、でも、どうせ光さん覚えていないから時効だ」華奈
「誓い合った将来はその日限りさ、おみくじみたいなもの」春奈
「若さでは勝つ、身体は完敗」華奈
春奈と華奈は、またしても、いろんなことを勝手に考えている。
「でね、ルシェール」
珍しく光が口を挟んだ。
というか三人の険悪な雰囲気に呑まれていただけである。
「うん、なあに?」
ルシェールはようやく笑顔になった。
光に対している時ぐらいは、笑顔でいることが出来るようだ。
「あのね、ルシェールってフランス語読める?」
ようやくメール問題への足が一歩進んだ。
春奈も華奈もすっかり忘れていた。
ルシェールの可愛らしさと美人さと、突然の婚約話騒動に、二人とも我を失っていた。
春奈も華奈も、久しぶりの光の機転に感心している。
ルシェールは光のスマホを手に取った。
しかし、すぐにはメールを解読しない。
というよりは先に自分のスマホと、どんどんつないでいる。
「あのね・・・これ・・・ごめんなさい」
ルシェールは謝った。
しかし、それでは意味がわからない。
ルシェールの次の言葉を待つしかない。
「母がメール送ったの、光君に」
「そういえばアドレスをね、圭子叔母さんに聞いたって言っていたよ」
「でもねえ・・・ほんとごめんなさい」
ルシェールは、また謝った。
ただ、突然のフランス語メールに、奈良の圭子叔母さんが介在していることはわかった。
春奈と華奈は、顔を見合わせている。
「それでね、私の母ナタリーがね」
ルシェールは恥ずかしそうな顔になる。
「うん、知っているよ」
光は覚えがあるようだ。
少し笑っている。
「母はね、日本語話せるんだけど、メールはフランス語しかできないの」
「英語もおぼつかない」
「だからフランス語のメールになったと思うの」
ただ、英語なら光も苦戦する。
その意味で日本語メールでなければ、英語もフランス語も五十歩百歩である。
「でね、中身なの、問題は」
春奈は、少し真面目な顔になっている。
奈良の圭子叔母さんが「介在」しているとなれば、少々真面目に聞かなければならない。
阿修羅と地蔵の話や、阿修羅本人からの春奈への「頼み」もある。
華奈も春奈の表情の変化を見て、姿勢を正している。
「うん、主な内容はね、ホテルで私が話したクリスマスコンサートに出てもらいたいってことなんだけど・・・」
「でも、なんだろう・・・最後に変なこと書いてある」
ルシェールは首をかしげた。
「変なことって、何?」春奈
「危ないこと?」華奈
華奈の「危ない」は、婚約と本当の「危ない」の意味が含まれている。
「これって・・・アラム語?」
「アラム語が書いてあって、最後にに助けてくださいって書いてあるの」
ルシェールは、そこまで言って、再び首をかしげた。
「アラム語ってなあに?」春奈
「宇宙人の言葉かな」華奈
「そんなことないさ、とにかくわからない言葉さ」春奈
「それじゃあ、光さんが、わからないのは当たり前、英語だって苦手だもの」華奈
華奈は自分がわからないことをさておいて、光にフォローにならない言葉をかけた。
ところが光は、変なことを言い出した。
突然、目が光り、講釈をはじめたのである。
「あのね、アラム語っていうのはね、阿修羅の故郷の言葉、そしてイエスが使っていた言葉」
「かなり古い言葉だけど、ヘブライ語の親戚みたいなもの」
「今はトルコとかシリア、イラクに多少話せる人がいるのかなあ」
「ただイエスの言葉自体はギリシャ語で広まった」
「イエスの教えを広めるには、話し手が多いギリシャ語のほうが、手っ取り早い」
「それで、そのアラム語の意味は・・・悪魔祓いの呪文だね」
光の言葉はそこで止まった。
目の光は消え、光ならではのぼんやりとした顔が戻って来た。
「エクソシストだ」春奈、華奈の頭に、同時に同じ言葉が浮かんだ。
春奈も華奈も、変なことを言い出した光は、阿修羅が光の口を使っていると思った。
そうでなければ、光がそんなことを知っているわけがない。
「うん・・・さすが阿修羅、故郷には詳しい」
ルシェールも変なことをつぶやいた。
春奈と華奈が、驚いてルシェールを見ている。




