第132話春奈の同居開始、光の予想外な発言
春奈は、音楽部の夏のコンサートの後から、光の家で暮らしている。
奈良の圭子叔母さんと楓や華奈から頼まれたことと、どうにも弱々しさから脱却できない光が不安だった。
そのため、自分でも「まあ、いいか、仕方ない」と決心を固め、光の父に連絡を取った。
光の父、史彦の返事は、極めて簡単なものだった。
「ああ、春奈さんのお母さんには、大変お世話になりました」
「そのうえ、愚息の光までですか」
「でも、本当に愚息ですので、心配でしょうがない」
「今の仕事がとても手が離せないので、申し訳ありませんが面倒を見てやってください」
光の父、史彦の「本当に愚息」という言葉には、力がこもっていた。
春奈としても、「何もそこまで」力をこめなくてもいいと感じたけれど、了承以上に「お願い」をされた。
年上の、「ちょっと遠い従妹の立場」が微妙に気にかかったけれど、春奈自身は本当はウキウキとして、光の亡き母の部屋で毎日眠るようになっている。
さて、大好評をおさめた音楽部のコンサートの後、光のスマホには、祥子と晃子の音大の後輩女子から「一緒に練習をしましょう」と言う「お誘い」がひっきりなしにある。
どこで光の携帯番号やアドレスを知ったのか、光のスマホは彼女たちからの着信やメールで常に光っている。
しかし、光は全くと言っていいほど、返信をしない。
「知らない人の電話なんて出たくないし」
「すごく、外は暑いし」
「家でもピアノは弾けるし」
あまりの返信の無さに、春奈も心配するけれど、光は全く気にすることはない。
ただ、春奈としても、光の本心はわかっている。
「要するに、面倒ってことでしょ?」
高校二年生の男子として、あまりにもグウタラで情けないとは思うけれど、不用意に外に出して道端で倒れられても、それはそれで大変なことになる。
それに、春奈にしても、学校の保健室の仕事をしている以上、全てが全て光に関わっているわけにはいかない。
炎天下の中、運動部は練習をしている。
もし、その中で倒れる学生がいれば、春奈が少しは面倒を見なければならない。
既にコンサートも終わり、冷房をギンギンに効かせた自宅で、グウタラ三昧できる光など二の次になって当たり前なのである。
しかし、今日の光は、朝から体調が悪そうに見える。
何しろ、もともとひ弱で蒼白い光が、ますます蒼くなっている。
春奈も、これには不安を覚えた。
「大丈夫?」
「どうして、ここまでひどいの?」
「また、熱中症?」
ただ、春奈としては、光が熱中症になるとは考えていない。
そもそも、炎天下が苦手な光が、玄関から外に出ることはありえない。
単に、光特有のいい加減さで、一日中エアコンをつけっぱなしにして、「エアコン病」にでもなったと考えている。
昨日の春奈は、学園のテニスの応援兼保健室の先生として外出をしていた。
実は、テニスの応援に、光も誘った。
春奈としても、光に多少でも愛校精神を発揮してもらいたかったのである。
しかし、結果は無残だった。
昨日の光は、「テニスの応援」と聞いた途端、珍しく電話を取った。
「ああ、晃子さんだ」
「後で家に来たいらしい」
「晃子さんだけじゃなくて、ヴィオラとチェロの人も来るみたい」
「だから残念だけど、ごめんなさい」
いとも簡単に、「愛校精神」は拒絶された。
春奈は、少し落胆したけれど、既に家を出る時間が迫っていた。
「お茶ぐらいは入れるんだよ」
「お客さんなんだから」
そう言い終えて、玄関を出た。
「まあ、晃子さんだけだと不安だけど・・・」
「他の何人か来るって言っていたから、そんなに簡単に誘惑されることもないでしょう」
少し安心しながら駅への道を歩いた。
途中で華奈から言われていた
「晃子さんから電話が来たら必ず教えてください」
そんな言葉を思い出したが、気にしなかった。
「まあ、いいや、華奈なんて小娘、気にしない」
「簡単には、光君あげないんだから」
そんな昨日のことを思い出した。
しかし、今は、どうしても光に「昨日の実状」を聞かなければならないと思った。
「本当にピアノ弾いていたの?」
一応聞いてみた。
しかし、光からの答えは全く予想外であった。
「えっとね・・・」
「最初は四人でシューベルトの室内楽やっていたんだけど」
「途中で疲れちゃって」
「そのあと、晃子さんが連れて来た女の人達と、ホテルに行った」
光は、いとも簡単に春奈に事実を言ってしまう。
これには、普段温厚な春奈の表情が変わっている。




