第117話アンコールの光独奏と母の思い出
光は、ブラームスの後と同じように何回もステージと袖口を行き来し、音楽部員を立たせ拍手に応えるけれど、アンコールの声がやまない。
「先生・・・」
これには、さすがの光も困った。
どうやって、この興奮状態を収めることができるのか、わからない。
「光君・・・あとオーケストラで何も練習していなから・・・」
祥子先生も光の考えていることはわかっている。
しかし、もう一曲何か演奏しないと、聴衆が収まらないことはわかる。
「お願い・・・光君の弾きたい曲でいいよ・・・」
祥子先生は光の耳に口を寄せた。
「わかりました」
光は小さく頷いた。
そして祥子先生に会釈をした後、再びステージに出た。
聴衆に向かって深くお辞儀をして、舞台の中央のピアノの前に座った。
光は目を閉じた。
全員が光の動きに注目する。
光が静かにピアノを弾きはじめた。
「うっ・・・」
「ショパンのノクターンだ・・・」
「しかも第三番・・・」
音大生がすぐに曲を言い当てた。
「何か・・・いいなあ・・・」
「ピアノタッチといい、フレーズといい・・・」
「あの・・・間がはかなくて・・・」
「どこか心の奥で泣いているような・・・深いなあ・・・」
「あの子・・・ショパン弾きでもいいかなあ」
「私もうかうかしていられない・・・」
「あの子がピアノのプロになったら、仕事減る」
プロ音楽家たちは、様々なことを言いながら、驚きを隠せない。
「お母さん・・・」
光を見ながら泣いている圭子に、楓が心配そうな声をかける。
しかし、その楓も泣き出している。
「うん・・・わかるよ・・・」
「あの曲、光君のお母さんがよく弾いていた曲・・・」
「そして光君が初めて私たちに聞かせてくれた曲だもの・・・」楓
「光君、きっとお母さんのこと思って弾いている」
春奈まで泣き出している。




