第10話阿修羅が光に話しかけてきた!
「まあ、いいかな、そしたら阿修羅見ましょう」
春奈先生に、阿修羅を見るよう促された。
「あ・・・はい・・・」
光は、後ろ髪をひかれるような想いであったけれど、ようやく地蔵菩薩から目を離した。
少し歩いて阿修羅像の前に立つ。
「ねえ・・・阿修羅の前で手を合わせて見て」
「うん、そうしたら、目を閉じて」
再び春奈先生に促される。
たくさんの人が周りにいることは、何故か気にならなかった。
言われる通り、阿修羅の前で手を合わせ、目を閉じた。
「え?」
目を閉じた光にとんでもないことが起こった。
「おーい!」
突然、少年の声が聞こえてきたのである。
「ん?」
しかし、何といっても、ここは興福寺国宝館。
光は、この国宝館でそんな少年の「おーい」などと言う「とぼけた声」を聞くとは思っていなかった。
そもそも「おーい」とは、ある程度遠く離れた相手に対する言葉であって、この人ごみの国宝館の中で、そんな言葉が出る、あるいは聞こえることが変なのである。
「目を開けてよ」
再び同じ少年の声が聞こえてきた。
今度は少し近い。
「え?」
光は恐る恐る目を開けた。
・・・そして驚愕となった。
「どうして?」
光は、それ以上の言葉が出なかった。
まさに驚くべき事態である。
なんと目の前の阿修羅が動いているのである。
前で合わせていた手をおろしているし、手は二本、顔は一つになっている。
「どうしたもこうしたもないよ」
もっと驚いた。
少年の声は阿修羅の口元から聞こえてくるのである。
「どうして阿修羅がしゃべっているんだ?」
光は、あまりの不思議に周りを見るが、何も変わりがない。
同じざわめきが続いている。
春奈先生も楓も見えるけれど、ただ二人して話をしているだけである。
「いいから、どうでもいいことは気にしないでいいよ、光君」
今度は阿修羅の口から自分の名前まで聞こえてきた。
「はい・・・」
光は他に応えようがない。
「ちょっと前からさ、地蔵さんに頼んでいたのさ」
阿修羅が笑っている。
「え?地蔵さん?」
驚きながらも、会話になってきている。
「うん、地蔵さんさ、ずっと友達だけどね」阿修羅
「頼んだって、何?意味わからないよ」光
「ああ、光君のことだよ、弱々しいから当面、面倒見たいってさ」
阿修羅がにっこりと笑っている。