第五話
クエストボードでヤマトは常設クエストの内容を一通り確認してから納品カウンターへと向かった。
「あの、納品をしたいんですが……」
「はい、通常クエストですか? それとも常設クエストでしょうか?」
顔を上げた納品カウンターを担当している男性職員は慣れた様子でヤマトへと質問をする。
彼は清潔そうに切りそろえた茶色の短髪の成人男性で、ヒューマン族のようだった。人の良さそうな穏やかな雰囲気を持って眼鏡越しにヤマトを見ている。
「常設依頼です。薬草の納品をしたいのですが、大丈夫ですか?」
「もちろんです。最近は薬草の納品をする方が少なくなってきたので大歓迎ですよ」
彼は言葉のとおり笑顔でヤマトを歓迎していた。
薬草集めは初心者が受けるものという認識が広まっているため、少しでも上に行きたいと思っている冒険者が受けることは減っていた。だからこそ彼らにとってヤマトのような存在はありがたいようだ。
「それはよかった。えっと、これになるんですが……」
微笑んだヤマトは初期装備で持っていたカバンから薬草を取り出してカウンターに並べていく。
「おお、これはすごい! どれも品質が良いですね。ただただ適当にむしってくる方もいましたが、あなたの持ってきたものは綺麗に手折られていますね」
並べられたそれらが思っていた以上の質の良さだったことで、男性職員は眼鏡をキラリと光らせて薬草を確認していく。
「よかった。初めてだったんで不安だったんですが、あっていたみたいで安心しました」
ゲーム内の知識と変わりないことにヤマトはほっと胸を撫でおろした。
男性職員は丁寧に一束一束確認して、素早く計算していく。
「はい、これなら最高金額での買取になりますね。かなりの数があるので……合計で金貨十枚になります」
金貨十枚もあれば安い宿に一泊するには十分だった。
銀貨や銅貨は存在せず、価値が統一された金貨が全世界に流通している。それがエンピリアルオンラインの通貨だった。
「それじゃあ、買取お願いします」
ヤマトは冒険者ギルドカードを受付職員へと渡し、手続きを行ってもらう。
「はい、今回良質なものを納品して頂いたのと数も多かったので、ランクアップまであと一回といったところですね。こちらカードの返却と報酬の金貨十枚です」
返却されたカードと報酬を受け取るとヤマトはそれをズボンのポケットの中にしまっていく。実際のところはアイテムストレージへと格納していた。
「すいません、ここで聞く質問じゃないかもしれませんが、近くに宿ってありますか?」
その質問に受付職員はなるほどと、何かがわかったような表情になる。
「ここであえて宿を聞くということは、何かあるんですね。まあ詳しくは聞かないでおきましょう。ギルドを出て、右手に真っすぐ向かうと『小鳥のさえずり亭』、更に進んだところには『大鷹の勇猛亭』という宿があります。私のお勧めは前者ですね、小さい宿ですが料理が美味しく値段も格安なので」
「助かります。それでは、また」
「お気をつけて」
ギルドに併設している宿を選ばない理由。ヤマトはあえてそれを口にしなかったが、総じてギルドの宿では揉め事が起こりやすかったからだ。
ゲームのイベントもギルドの宿に泊まり、食事に行くとクエスト発生というものも少なくない。特にエンピリアルオンラインでは、宿に何か思うところがあるのでは? というくらいに発生の起点となることが多かった。
「それなのにゲームの中だと他の宿がなぜか紹介されないんだよなぁ……」
今回は無事宿を聞き出すことができたため、受付職員のお勧めの宿へと向かうことにする。言われた方向に歩いていくと宿の看板が見つかった。
「ここか……確かに少し小さめだけど……」
意を決してヤマトは宿へと足を踏み入れる。なぜそこまでの覚悟が必要だったかというと、通りにはいくつもの店が並んでいたが、この宿だけ客が寄り付く様子が見られなかったためだった。
「すいませーん」
中へ声をかけながらヤマトが宿の扉を開いて足を踏み入れる。入ってみると隅々まで綺麗に掃除されており、灯りもついていた。
「しかし、返事はない……」
寂しげにヤマトがそう呟くと、奥から慌てたような足音が聞こえて来た。
「ご、ご」
「……ご?」
何やら言いながらもぱたぱたとその足音は近づいてくる。
「ごめんなさーい!」
わたわたと取り乱し、泣きそうになりながら叫んで奥からやってきたのはヤマトの半分くらいの背丈の少女だった。
「ふうふう……ご、ごめんなさいっ。お待たせしました!」
息を整えながら大きく頭を下げた彼女がどうやらこの宿の従業員であるようだった。
「大丈夫ですよ。……えっと、泊まりたいんですが部屋は空いてますか?」
「はいっ! お食事はこちらで食べますか? 食堂がありまして、そちらで夕食と朝食を提供しています!」
気を取り直した彼女は慣れた様子で説明をしていく。
「そうですね……お願いします。料金はいくらですか?」
大事なことを聞いていないことに気づいたヤマトが質問をする。
「一晩金貨五枚になります。食事つきですと、金貨六枚ですね!」
それは格安の料金だった。通常、宿といえば金貨十枚以上する。しかも食事つきの値段と聞いてヤマトはここでの宿泊を心の中で決めていた。
「それでは一晩お願いします。――ところで失礼ですが、あなたはもしかしてミニアン族の方でしょうか?」
話をしている内に思い当たる種族があったため、ヤマトは遠慮がちに質問をした。
この世界に存在する種族の一つ、小柄な身体で大人になっても人間でいう子どもサイズのままの種族、それがミニアン族だった。
「あ、そうですっ。申し遅れました、私は『小鳥のさえずり亭』の女将をしているメルフィスといいますっ」
ハッとしたように口を押さえたのち、メルフィスは丁寧にペコリと頭を下げた。
恐らく年齢はヤマトと同じかそれよりも上のはずだったが、その動作は可愛らしいと表現できるものだった。二つに縛られた彼女の水色の髪がより子どもっぽさを強調しているように見える。
「俺はヤマトです。それでは一晩よろしくお願いします。……明日以降は稼ぎ次第ということで」
ヤマトはいささか心もとない所持金を思い出しながら苦笑交じりにそう軽口を言う。
「ふふっ、それではこちらがお部屋の鍵になりますっ。二階に上がって左手の部屋です!」
彼の言葉の意味を汲み取ったメルフィスは優しく微笑み、鍵を差し出す。受け取った鍵の番号を見てヤマトは頷いた。
メルフィスに料金を支払うとヤマトは部屋へと向かう。説明のとおりに向かうとすぐに部屋は見つかり、中に入るとすぐに内側から鍵をかける。
質素だが綺麗な室内はベッドとランプ、小さな机といすという一人用の広さのものだった。窓には優しい色合いのカーテンがかけられ、部屋を明るい雰囲気にしている。
「ふー……なんとか宿を決めることができたな……ユイナはどうしてるかな?」
ベットに腰かけたヤマトは愛おしむように指輪を撫でると、ユイナへの呼びかけを開始する。
数回呼び出しのコールがなると、ユイナの声が返ってきた。
『――ヤマト?』
「あぁ、俺だよ。今通話は大丈夫かな?」
『もちろん!』
すぐに了承してくれた彼女も既に宿に泊まっているらしく、そこから夫婦二人の会話が始まった。
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