第四話
街に入ると当然のことながらゲームの頃と変わらない街並みには見覚えがあった。
ただ、地面の感触や建物の壁の汚れなどはゲームの頃にはないものだった。
「さて、まずは冒険者登録をするか。ギルドは確か真っすぐいったところだったな」
ヤマトは街のミニマップを確認しながらメインストリートを進んでいく。
すれ違う人々の顔にはいきいきとしたそれぞれの表情があり、怒っている者、嬉しそうな者、悲しそうな者、皆がこの街の住人として生きていた。
「入り口の衛兵さんもそうだったけど、ここまで来るともうゲームじゃないと思い知らされるなあ」
もちろんヤマトは他者に聞こえない程度の小さな声で呟いている。
そんなことを考えながら街並みを見つつ歩くと、目的の場所である冒険者ギルドが見えてきた。
開かれた入り口からギルドに入ると、冒険者がホール内の色々な場所にいた。ギルドには宿が併設されていて、一階の食堂で情報交換がてら食事をしたり、酒を飲む者も少なくなかった。
「昼間からお酒か。朝のうちにクエストに行って来たのかな?」
ともすれば嫌味にもとられかねない発言だったが、幸いギルドの喧噪にかき消され、ヤマトの呟きは誰の耳にも届くことはなかった。
周囲を見ながらもヤマトは空いている受付へと向かう。
「あの、すいません」
「……ひゃ、ひゃい!」
ヤマトが声をかけると、油断していたのか、受付の女性職員は変な声を出してしまう。
驚いた表情の彼女はギルド職員で合わせた制服を身に纏うエルブン族のようで、少し尖った耳を特徴に持っている。見た目は二十歳そこそこのセミロングの金髪の女性だが実年齢ではその三倍以上であり、これまで長い間、色々な冒険者の受付をしていた。
そんな彼女でもヤマトに声をかけられて動揺してしまった。かと思えばヤマトのことをじっと見つめている受付の女性職員に彼は困ったように苦笑する。
「あの……大丈夫ですか? 冒険者登録したいんですけど……」
ヤマトはおかしな様子の彼女を気遣いつつ、自分の用件を伝える。
「あ、はい、すいません! えっと、冒険者登録ですね! 大丈夫です、お任せ下さい!」
ヤマトの種族はハイアーヒューマンだったが、言わなければ通常のヒューマンと変わりはない。しかし、彼女はエルブン族の上位種族のハイアーエルブンの血族であるため、ヤマトが何か他の冒険者と違う力を持っていることを感じ取っていた。先ほどは、見慣れないヤマトという人物から感じた何かに驚いたのだろう。
「そ、それではこちらに記入をお願いします。お名前と種族と職業、それから得意なものですね。あとお名前の横に母印をお願いします!」
元気よく笑顔で記入用紙を出した彼女の指示に従って、ヤマトは用紙に記入していく。
「ヤマト……ヒューマンで、職業は剣士でいいか。得意なもの……剣術か。最後に母印を押してっと、よし、できた」
書き終えると用紙とペンと朱肉を受付職員へと返却する。
「はい、ありがとうございます! それでは手続きをしますね」
この頃になると彼女の動揺は少なくとも表には出ずに心のうちにしまわれていた。
彼女は用紙を何か板の上に載せて、何やら呪文を唱えていた。
その動作を興味津々な様子でヤマトが見ていると、紙が軽く光を放って一枚のカードへと姿を変えた。
「はい、それではこちらがヤマトさんの冒険者ギルドカードになります! 登録したてなので、ヤマトさんは一番下のFランクです」
カードを受け取ったヤマトは感慨深い様子でカードの裏表を確認していく。
「これは魔力を込めると、受注しているクエストの一覧と達成したクエストの一覧、それと現在のギルドランクを確認することができます。ちなみにですが、他の方が見ようとしても魔力の不一致で見ることはできません!」
一人に対して一枚でセットになっているカードであることを女性職員が説明する。
「一つ疑問なのですが、俺は言われた通りに記入しただけで、どこでカードと自分が紐づけられたんですか?」
魔力を流した時点で紐づくのならば理解はできるが、それは違うらしいことは説明でわかっている。
「わわっ、そんな質問初めてされました! えっと、先ほど母印を押した時に使った朱肉ですが、あれは特殊な素材を使っていて、使用者の魔力を微量ながら吸い取って用紙に記すようになっているんですよ!」
「なるほど、それはすごいですね。そんな仕組みになっていたなんて……」
冒険者ギルドカードはゲームの頃も存在したが、システム的なものでプレイヤーにただ配布されるだけのものだった。ゲームであったがゆえにメニュー画面などがその役目を果たしていたからだろう。
「ランクの話に戻りますが、ランクは一定数のクエストを達成すると自動でランクアップします! ただし、Cランク以上になりますとギルドが指定したクエストを受けてそれが達成されればランクアップという形をとらせて頂いています」
この説明は以前も聞いたことがあるため、ヤマトは特に質問をせず頷いていた。
「それでは続いてクエストに関する説明をしようと思いますが、いかがいたしますか?」
昨今の冒険者は説明など面倒なものはいいと言う者も少なくなく、念のため先に確認するのが彼女のくせになっていた。
「ぜひお願いします」
ふわりとほほ笑んで頷いたヤマトはここはあくまで一人の新人冒険者としていたほうがいいだろうと考えていた。
「それでは――コホン。クエストには基本的に三種類あります! 一つは街の住民から出された場合。こちらは武器屋や防具屋などのお店も含み、住民の方からこうして欲しいと依頼されたものになります。こちらが一般的ですね」
その説明をヤマトは頷きながら聞いていく。そういった細かい違いを知ることも世界に適応していくためには必要な情報だった。
「二つ目はギルドから出された依頼。こちらは我々冒険者ギルドから出したものになります! 緊急クエストや大規模クエストなどの場合が多いですね」
魔物が街を襲撃した場合などがこれにあたる。ゲームだった頃もやったことのあるクエストだ。
「三つ目は常設クエストです! 薬草などを採集された場合はこちらの依頼を確認して納品して頂けると助かります。先の二つはクエストボードから依頼を受諾して頂くかたちになりますが、常設クエストは受けずに納品カウンターでクエスト報告を行えます」
彼女がスラスラと説明していくのをヤマトは聞き漏らさないようにと真剣に聞いていた。
「――おう、兄ちゃん。後ろがつかえてるからその辺にしてもらえるか?」
その時、ヤマトに声をかけてきたのはいかつい鎧を身に纏った冒険者だった。顔に傷があり、歴戦の戦士といった様相である。話しかけてきた男の言うとおり、ヤマトの後ろには列ができていた。
「あぁ、これはすいませんでした。受付のお姉さんありがとうございました」
ヤマトは揉め事を起こすつもりはなく、素直に二人に頭を下げてクエスト掲示板前へと移動する。
立ち去る際にヤマトは声をかけてきた男のデータをこっそりのぞき見していた。
「……これは便利だな」
ある程度のデータは、相手を『調べる』ことで見ることができた。
ゲームの時にあった機能だったが、おそらくこれを使える者は元プレイヤーだったヤマトたちだけであり、他者への強力なアドバンテージだった。
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