第四十八話
二人は手続きを終えると、何もなかったかのような顔をして冒険者ギルドをあとにする。
もちろんギルドにいた冒険者たちはじろじろと好奇の視線を二人に送るが、彼らがそれに答えることなくさっと出て行ってしまったため、ギルド内では様々な憶測が語られていた。
「ブラスエンドに行くのも久しぶりだね。ここにも獣人って全然見かけなかったから、会うの楽しみだなー」
街を歩くユイナは嬉しそうに笑顔で何気なく言ったが、その言葉を受けてヤマトは首をかしげていた。
確かにこの街は中央都市でたくさんの人が行き来する場所であるにも関わらず、よく思い返してみれば獣人の姿は見かけなかった。その理由が、今回ヤマトたちが調査に向かった問題にあるわけだったが、ヤマトが疑問に思ったのは別のことだった。
「……あれ? 俺たちが向かうのって、途中にある平原だよね? ブラスエンドに行く予定は……」
ないんじゃないか? そう言おうとしたが、視線を感じたのでそちらを見てみると、ユイナが不機嫌そうにぷくりと頬を膨らませていたため、ヤマトはすぐに口を閉じる。
「せっかくブラスエンド方面に向かうんだから、獣人の街も行くの! これは決定事項なんです!」
びしっと指をさしながらユイナがそう断言してしまっては、ヤマトに反対する理由はなかった。彼女が何かしたいというのであれば、無理のない範囲であるなら叶えてあげたいと思うのが彼の性分だったからだ。
「了解、とにもかくにもまずは問題の解決に当たらないとだね。早速平原に向かおう」
「おーっ!」
二人はそれぞれの馬に乗ってブラスエンドの手前にある大平原へと向かっていく。
途中、野営をしながら進むが、この道では昼夜問わず誰ともすれ違うことはなかった。そのことが、より一層モンスターがいることを如実に語っていた。
目的地に到着するまでの間、大したモンスターも出ないこともあって時間ができた二人は街で話せなかったそれぞれのジョブについて話をすることにする。
「――ヤマトは騎士にしたの? 私は最初のジョブは狩人にしたよ!」
当初の予定通り、弓をメインにすることにしたユイナは狩人を選択している。最初の、というだけあって別の職業も当然ながら選択している。ヤマトもまた前衛職の騎士を選んでいた。
「うーん、上位職が表示されてたからそっちにしたよ。あと出てたのはゲーム時代にいろんな装備で戦ったからか大体の戦闘系の下位職は出てたかな、魔法系は魔法使いと、あー……それから魔法剣士もあったかな」
ヤマトが選んだジョブを口にするとユイナは羨ましそうにしながら大きく驚いていた。
「えー! 魔法剣士もあったの? 下位職は確かに私もいくつかあったけど……いいなぁ、私は上位職は狩人と魔導士だけー……」
「なるほどね、でも今回のクエストでこの職業のレベルやスキルが上がればまた他にも色々選べるようになるかもね」
がっかりするユイナを微笑ましそうに見るヤマトの言葉に大きく頷いた彼女もそれを期待しているようだった。
数日後、二人は大平原が見えるところまでやってきていた。
「……あー、これはまずいなあ」
「なんとか、なるのかな……?」
頬を引くつかせた二人が目にしたのは大平原のいたるところにうようよいるモンスターの姿だった。
本来ならば大草原の緑が青々と茂っており、綺麗だと表現する場所だったが、今は半分が草の緑、残り半分はモンスターたちがもつ不気味な色という驚くべきものだった。
少し歩けばモンスターに遭遇というレベルではなく、草原に踏み込んだ瞬間にモンスターに囲まれてしまうことは想像に難くない。
「どうしようか……」
「どうしようかな……」
二人も想像以上のあまりに悲惨な光景にそんな言葉しか出なかった。
だが幸いにも二人のレベルよりも低い十五レベル前後のモンスターが大量にいるだけの現状だったため、どうやってこの大群を殲滅するかだけが二人の懸案事項だった。
「……とりあえず少しずつ釣って倒そうか」
ヤマトが言ったのは、釣る――つまりモンスターを何体か引き寄せて分断して、少数ずつ倒すという作戦である。
「それが無難かな。一気に全部を相手にするのはさすがにきついよねっ。弓の使い手は仲間の道を切り開くのが務めですから、釣り役は私が買ってでましょう!」
ぱちんとウインクをしつつ冗談めかして言うユイナはそのまま数歩ほど進んだところで足を止める。
「――って、まさかここから!?」
少し進んだだけで大草原まではまだかなり距離があったが、好戦的に笑ったユイナは買ったばかりのオークボウを構えていた。
「いっけぇ!」
元気よく弦を引く手を放すと、矢は迷うことなく一直線に手前にいたモンスターに突き刺さった。狙い通りに攻撃が入ったことでユイナは満足げに微笑んでいる。
矢が突き刺さったモンスターはソルジャーオークであり、痛みに苛立ちながら攻撃が飛んできた方向へ視線を向け、すぐにヤマトたちの姿に気づく。
「うまくいきそうだね」
ヤマトが言ったとおり、ソルジャーオークは周囲にいたオーク四体を引きつれてユイナ目がけて走っていた。
「ふっふーん、ユイナさんは弓聖なんだよ!」
モンスターが息荒く走ってくるというのに気にした様子もなく、胸を張って自画自賛するユイナに思わずヤマトは笑顔になる。彼女はこうやってのびのびと元気いっぱいなくらいがいいと思っていたのだ。
「それじゃ、次は俺の番だね、こっちに向かってくるやつらの相手をしよう」
ユイナは最初の仕事を終えた、ならば次に見せるは自分の番だろうとヤマトは向かってくるオークたちへと彼女を追い越しつつ走っていく。
「いくぞ!」
二人のレベルはヤマトが32、ユイナが27で、この程度のモンスター相手なら苦戦することなく戦える。それがわかっているため、ヤマトは細かい策は弄さずにオークたちを迎え撃つ。
両者が勢いよく走っているため、ちょうど中間点あたりで衝突することになる。
しかし、それは衝突と呼ぶには一方的な展開になる。
「――せい!」
ヤマトはクリムゾンソードで、オークの身体を次々に真っ二つにする。この世界の冒険者であれば素材や核などの収集のため、倒し方を考える場合があるが、ヤマトたちはドロップアイテムが直接アイテムストレージに入るため気にせずに切り捨てていく。
その動きはジョブチェンジしたことでより鮮やかで見事な腕前へと昇華していた。
やや先行したオーク数体が一瞬の間にやられたことでソルジャーオークはひるんで足を止めてしまう。しかし、それは同時にユイナに攻撃のチャンスを与えることとなった。
先ほどの最初の一射は敵をひきつけるための攻撃だったが、今度の攻撃は威力が高く、矢が飛んでいく速さもこれまでに比べて各段上だった。
「《スピードアロー》!」
これは狩人にジョブチェンジした際に最初に覚えるスキルであり、通常の攻撃よりも威力、速さともに数段上の力を持っている。
それをユイナは持ち前の身体能力と組み合わせて数発連射していた。
「グルルルル」
狙われていることに気づいたソルジャーオークはうなり声を上げながらユイナが放った矢を迎え撃とうと武器を構える。
彼女が連射した矢は雨のように次々に降り注いたが、ソルジャーオークはその全てを迎撃していた。
「――ご苦労さん」
そして、矢に意識が集中したところでヤマトがさっと懐に入り込み、クリムゾンソードでソルジャーオークに斬りつける。
「……ガ!?」
まさかヤマトが攻撃に参加してくるとは思っていなかったソルジャーオークが驚きの声を出そうとした瞬間には既に、剣が身体を真っ二つにしていた。
「悪いけど、魔法剣の練習相手になってもらったよ」
ヤマトのクリムゾンソードはファイアソード、フレイムソードの上位武器にあたり、名のとおり炎の属性を持っている。しかし、今回は刀身が水に覆われていた。
斬りつける威力はそのまま、そして斬ったそばから傷口を凍らせていくことで血が降り注ぐのを防いでいる。本来の使い方以上に武器の能力を引き出す――これこそが熟練プレイヤーのなせる業だ。
「試し切りだからさ、結果さえわかればこっちのもんだよ――ありがとう」
不敵に笑いながら礼を言うとヤマトは氷を解除して、クリムゾンソード本来の力で頭から斬りつけ、頭部を真っ二つに割っていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。




