第四十六話
「えっと……」
見覚えのない職員に突然話しかけられたことにヤマトは戸惑っていた。ついユイナを庇うように前に出る。
「これは失礼。突然話しかけて申し訳ありません。私の名前はムラザフ、当冒険者ギルドの副ギルドマスターを仰せつかっています」
真摯な態度で頭を下げた職員のその名乗りを受けて、ギルドホール内は一気にざわついた。
彼は他の職員と変わらない服装をしており、細身の体つきからはおおよそ強さというものから程遠い位置にいるように見える。挨拶がなければ周囲のギルド職員と判別できる者がいるとは思えない。
耳の形がエルブン族であることを物語っているが、魔力が特別強いということもなさそうである。
その彼が副ギルドマスターであることへの驚き、そしてその彼が先ほどまで自分たちがEランクであると口にしていた二人へとわざわざ声をかけたことへの驚き。
その二つのことから、ホールにいる冒険者たちはざわついていた。色々な憶測が飛び交っている。
「……俺と彼女はEランクです。どなたかと間違えていませんか?」
警戒をしながらも穏やかに笑ってみせたヤマトが人違いである可能性に言及する。
「いえいえ、そちらのお嬢さんのことは情報にありませんでしたが……あなたは冒険者のヤマトさんですよね?」
彼に名を確認されたヤマトは素直に頷いた。ここは偽っても意味のない情報だったからだ。
「で、あれば間違いありません。よければお話をしたいと思っております、決して損なお話はしないことをお約束しましょう。もちろん話はお二人に向けてです」
ヤマトだけではなく、ユイナも合わせての話ということで二人は互いの意思を確認するように顔を見合わせ、頷きあう。
「えっと、ムラザフさん……でしたよね。とりあえずわかりました。お話を伺いましょう――ですがもしこちらに不利益が被る話であった場合は席を立つこともありますが、構いませんか?」
笑顔を浮かべつつもヤマトの構えた言葉に思わずムラザフは苦笑する。ヤマトが終始ユイナのことを守るように立っていることからも、きっと彼女を守るためにやっていることだと伝わってきた。
「わかりましたが、できれば話を最後まで聞いて頂けると助かります。話の流れで一時的にそういう流れになってしまう可能性もあるかと思われますので」
ムラザフの返事を聞いたヤマトはしまったという顔をする。副ギルドマスターと聞いて彼が何か面倒ごとを持ってくるのではないかと考えてしまい、ついつい言葉に棘が立っていたことに気づいたのだ。
「まあまあ、いいじゃんヤマト、お話聞こうよ。……ムラザフさん、良い話であることを期待しますね」
ヤマトの背から顔をぴょこんとのぞかせるようにして会話に参加してきたユイナは後ろに♪マークがつきそうなほど明るい声だ。彼女の明るい雰囲気でヤマトの雰囲気も穏やかに変わる。
余程信頼し合う仲なのだろうと察したムラザフも微笑ましい笑みを浮かべていた。
「はい、できるだけご期待にそえるようにしたいと思います。それではこちらへどうぞ」
ムラザフに案内されて二人は受付カウンターの中へと入り、ある一室に案内された。そこは応接室のようで、落ち着いた調度品が飾られており、中央にはえんじ色のソファがテーブルを挟んで向かいあうように置かれている。
「おかけ下さい。今、お茶の準備をしますね」
周囲に誰も居ない部屋を見回していた二人はお茶を誰かに持ってこさせるのかと思ったが、ムラザフが一度退室していることから彼が用意するようだった。
「……ヤマト、ここ来たことある?」
「ないよ」
ふかふかと座り心地の良いソファに隣り合わせで座った二人。
ユイナの質問はこの場所に来たことがあるか? というものではなく、ゲーム時代に入ったことがあるかという問いだった。
記憶が確かであればこのエリアはゲーム時代には入場できるエリアではなかったため、改めてユイナは確認していた。
「そうだよね」
ユイナはヤマトのシンプルな返事に、これまたシンプルに返す。
この部屋はギルドの中であり、ぱっと見は誰も居ないが、どこでどんな方法で二人の会話が聞かれているかわからないため、あえて中身がわからないように言葉を選んで会話をしていた。
「すいません、お待たせしました」
ちょうど二人が沈黙したところでムラザフがお茶を持って戻ってきた。思わず見計らっていたのではないか? と勘繰りたくなるようなタイミングだった。
「どうぞ」
二人の前に香りのよい湯気の立つお茶が出され、お茶菓子としてクッキーが数枚ずつ並べられた小皿がそれぞれの前に置かれた。
「ありがとうございます。――それで、早速話を聞きたいのですが……」
礼を言いつつカップを手に取ったヤマトは一口茶をすすると、話をするよう促す。
「はい、お二人に……というよりヤマトさんに声をかけさせて頂いたのはデザルガの街でのあなたの評判を聞いたからなのです」
それを聞いてヤマトは驚いた。まさか、この街にまで情報が届いているとは思わなかったのだ。距離が結構離れている地方の一都市と中央都市とが一冒険者の情報をやり取りするとは想像もしていなかったのだ。
「ふふっ、驚かれていますね。あちらのギルドには年の離れた弟が所属していまして、弟からあなたの話を聞いたのです。――ランクは低いが実力は確かな冒険者がいると」
ムラザフの話を聞いたユイナはニヤニヤしながらヤマトの脇をちょんちょんと肘でつついていた。
「あー、まあ、そんなこともあったようななかったような……」
「ふふっ、その実力を見込んでお二人に依頼したいクエストがありましてお声がけしたのです」
困ったように笑うヤマトにムラザフはクスリと笑ってから、再び真剣な表情に戻って話を元に戻す。
ヤマトとユイナは彼の言葉に頷いていた。次を話すようにと。
「……ここ最近、モンスターが多くなってきているのをご存知でしょうか? とにかくそういう調査結果がでてきているのですが、この街から各街への道すがらにもその影響がでてきているようなのです」
そこで一度ムラザフは唇を湿らせるようにお茶を口にする。
「それを俺たちに原因究明を含めた詳細な調査をしてきてほしい、ということですか?」
先を読んでヤマトが質問する。それに対してムラザフはゆっくりと頷くが、ヤマトとユイナには疑問があった。
「――なぜ俺たちなんですか?」
この依頼を彼らにすると決めた時から絶対にされるであろうと思っていたその質問に、ムラザフの表情は曇っていた。
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