第四十五話
それからいくつか女性と話をしたヤマトがジョブチェンジを終えて、神殿の入り口に戻ると先に終えて待っているユイナの姿があった。神殿の柱に背を預けて周囲を見渡しながら時間を潰していたようだった。
「あ、ヤーマートー!」
そして、ヤマトの姿を見つけると、眩しい笑顔を浮かべて大きく手を振りながら近づいて彼のことを迎える。
「ユイナ、どうだった?」
ヤマトは笑顔でユイナに質問する。
「うん、いい感じだったよ。ちょっと面白いことになったんだけど……その顔はそっちも同じかな?」
ユイナが含みのある笑顔になっていたため、ヤマトが質問する。
「うん!」
気持ちのいいくらいの返事にヤマトも自然と笑顔になる。
二人がそれぞれがどんな職業を選んだのか話しているのと時を同じくして、彼らを担当した神官二人は未だに驚きの渦中にいた。
「「まさか、あのようなことが起こるとは……」」
それぞれが別の場所にいるが、驚愕しながら呆然と口にした言葉は同じだった。
ヤマトとユイナ、この二人に共通して儀式の際に起きたこと。
「「複数の職業を同時に選ぶことができるだなんて!」」
それは、彼女たちが神官の仕事に就いてから、そして彼女の先達のいずれもこのような現象に出くわした者はいなかった。一人につき一つの職業――それがこれまでの不変の転職だったのだ。
「「あの人は神が使わしたお方なのでしょうか……?」」
神に祈りをささげるように問いかけた二人だったが、その問いに対する返事はどこからもなかった。
「へー、じゃあやっぱりヤマトもいくつか選べたんだね。よかったー、私だけだったらどうしようかと思ってたんだ」
ユイナが口にするいくつか選べた、というのは複数のジョブを同時に選ぶことができたという意味だった。ほっとしたように彼女は笑った。
「うん、後で宿に戻ったらその辺のこと詳しく話そうか」
「そうだね! えへへー、これでもっともーっと強くなれるね!」
初期職と比較して、上位職はステータスの上昇が大きく、ユイナの言葉通り、彼らは強くなれる。
「これなら、あいつにも勝てる……」
ふと表情を厳しいものにしたヤマトが思い浮かべたのは敗走せざるを得なかった相手――フレイムデビルウルフ。
レベルが上がり、ユイナというパートナーと合流し、更には上位職にジョブチェンジすることができた。その今ならあのモンスターを相手にしても勝てる自信がヤマトにはあった。
「あいつ? 倒さなきゃな相手がいるなら手伝うよ! ヤマトの敵は私の敵だからね!」
きょとんとしたユイナはふんと意気込みながら力こぶを見せてヤマトの加勢を買って出る。
「うん、その時は頼むよ。いつかあいつは倒さないと……街に被害が出ないうちに」
心強いユイナの言葉に決意を新たにしたヤマトがフレイムデビルウルフを倒そうと決意した理由。
それは、何も負けたことが悔しかったからではない。彼が案ずるのは自分が世話になった面々がいる街デザルガのことだった。
「前に通話で言ってたやつだね。ゲームの頃と違うならモンスターが街を襲うこともありそうだね……」
ユイナの考えていることはヤマトも懸念していることだった。街の者が森や谷に出てモンスターに襲われることはありうる。それに関しては注意喚起して、外出を極力控えることで完全ではないものの、対応はできると考えられる。
しかし、街自体が襲われるとなるとそうは言っていられない。
「じゃあ、まずは」
「うんっ」
さすがは夫婦といったところか、二人が考えていることは一致する。
「「お金稼ぎだね!!」」
上位職になったことで、二人の装備できるものは増えている。しかし、強さに比例して値段もそれだけ高くなるため、お金稼ぎは必要なことだった。
「あと、レベル上げもしないとだなあ」
「うん、今のままじゃあんまりスキル使えないもんね」
金稼ぎとレベル上げ、この二つを両立させるのはやはり冒険者ギルドでクエストを受注するのが近道である。
「とにもかくにも、冒険者ギルドだね」
「うん!」
二人の足は冒険者ギルドへと真っすぐ向かっていた。
ギルドに二人が入ると、視線が集まる。ギルドに到着するまでの道中もそうだったが、美男美女である二人に注目が集まるのは当然だった。
しかし、そんな視線は慣れっこな二人は気に留める風もなく、クエストボードの前に移動する。大きなクエストボードには今日もたくさんの依頼が貼られていた。
「さてさて、何かいいのがないものかな?」
ヤマトがクエストを順番に眺めていくと、裾を引きながらユイナが質問をしてくる。
「ヤマトはランクいくつ? 私はまだEランクなんだけど……」
「これを出してっと……ほら俺も同じだよ」
不安そうなユイナの質問に安心させるように微笑んだヤマトはカードを出して答える。
「おー、お揃いだー! でも、喜んでばかりいられないね。早くレベルとランクを上げて進んでいかないと」
ヤマトと同じなのが嬉しいのかぱっと明るく笑うユイナ。だが次の瞬間には真剣な表情でそう言った。
「そうじゃないと、まともに戦えないからね」
大きく頷きながらヤマトも真剣に答える。何と戦うのか、誰と戦うのか、そもそも戦いに巻き込まれるのか、いずれも明確な答えはなかったが、二人は自然とあることを感じていた。
この世界に来たこと、自分たちのレベルが一に戻されたこと。
それら全てに何か意味があり、それを知るためにはおそらく戦闘を避けることができないということを。
「ようっし、そうとなったら何かいい依頼はないかなー?」
今度はぐっと意気込んだユイナもクエスト探しに加わって、順番に自分たちに合うクエストを確認していく。
一通り自分たちが受注可能なクエストを全て確認するが、どれもパッとしないものばかりだったため、彼らは思わず困ったような表情で顔を見合わせてしまう。
「……あのー、よろしければ少しお話できませんか?」
そんな二人にそっと声をかけてきたのは、見知らぬ顔の冒険者ギルドの職員だった。
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