第四十四話
ジョブチェンジをするために向かう場所。それは、転職の神殿だった。
初めてその名前を聞いたプレイヤーは某職安を思い出すため、現実世界で経験したことがある者は良い顔をしなかった。
「さて、それじゃあとで合流しよう」
「うん、ここで待ち合わせね」
二人は神殿の入り口に立って、そう約束すると二人は別々の入口へと向かって行った。この神殿には複数の入り口があり、仮に一緒の入り口から中に入ったとしても別々の受付へと向かうつくりになっていた。
ヤマトが進んだ先には薄手で柔らかい生地のローブを身に纏った白髪の女性が立っていた。白髪といっても年齢は二十歳くらいに見える若さがある。すっと閉じられた瞼からは目に見えない何かを見ているような静謐な雰囲気が感じられた。
「いらっしゃいませ」
彼女の声は現実感がなく、透き通った声だった。
「こちらは転職の神殿ですが、転職のご希望でよろしいでしょうか?」
彼女は目を閉じたままだったが、しっかりと顔を上げてこちらを見ている。目の前にヤマトがいることを把握しているようで、彼に質問を投げかけてくる。
「はい、お願いします」
ゲームでも彼女が対応してくれたため、ヤマトは落ち着いて返事を返す。
「それでは、あなたが転職可能な職業が表示されますので、どの職業にするか選んで下さい」
淡々と紡がれる彼女の案内に従って、ヤマトは一歩前に進むと職業名が表示されたプレートを確認する。
「――!?」
それを見たヤマトは声が出ないくらいに驚いてしまう。
「どうかなさいましたか?」
未だ目を瞑っている彼女だったが、ヤマトが動揺した空気は伝わったらしい。
「い、いえ、そのなんでも、ないです」
慌てて誤魔化そうとして余計に怪しくなっていたが、ヤマトはそんなことよりもプレートの中身に驚いていた。表示されたのはヤマトが想像していたものとは異なっていたからだ。
「まさかこんなことが……」
ぶつぶつと何かを呟いているヤマトに、案内役の女性は転職についてあれこれと考えているのだろうとあえてツッコミはせずに黙って彼の選択を待つことにする。
「――もしかして、あれもできるのかな?」
プレートを見ながら考え込んでいたヤマトは一つゲーム時代に可能だった方法を思い出していた。
その方法を行うことで格段に有利に冒険を進めることができるようになるため、ものは試しにと行ってみることにした。
期待に胸を膨らませながらヤマトはプレートを無言で操作していく。その結果、ヤマトが想像していたとおりのことが起こったため、思わずニヤリと笑っていた。
「すいません、選択を終えたのですが、あとはどうすればいいですか?」
以前は選ぶとその後はシステム的にジョブが決定して終わりだったが、何も起こらないためヤマトは女性に確認する。
「それでは職業選択の儀に移らせて頂きます」
そう宣言すると、彼女は杖を片手に何やら呪文のようなものを唱えていく。聞き取ることはできなかったが、おそらくは職業選択の儀式を行うための呪文なのだろうとヤマトは推測していた。
そんなことを考えていると次の瞬間、彼の身体が光に包まれていく。
「……これは、すごいな」
魔法を習得した時と同様に、初めて見る光景だったため、ヤマトは素直に感動していた。
そのヤマトとは反対に、女性は額に汗を浮かべている。表情も最初の静けさを失い、必死な様子が伝わってきた。
「そ、そんな、まだ続くなんて!?」
普段であれば一瞬で終わる儀式だったが、今回は何故かヤマトの身体は今も光に包み込まれている。儀式を行う際には女性の魔力が消費されていく。つまり、儀式が続いている間はずっと魔力が削られている状況だった。
女性の魔力がどんどん減っていくのを心配する気持ちはあるものの儀式の最中であるヤマトにはどうすることもできないため、成り行きを見守るが、やがて光が収まり儀式が終了を迎える。
「っ……はあ、はぁっ、はあっ、はあ……」
儀式の終了と同時に女性は片膝をついて、大きく息を乱している。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
気遣うヤマトの問いかけに対しても、彼女は手で大丈夫だと合図するのが精いっぱいだった。
初めての状況に儀式が完了したのかわからないでいるヤマトは、女性が復帰するまでの間にこっそりとメニューを開いてステータスを確認していく。
「なるほど……やっぱりか」
思っていたとおりの結果にヤマトは自然と笑顔になっていた。
「はあ、はあっ……ふう……儀式お疲れさまでした……」
「はい、お疲れ様です」
むしろ疲れたのはあなたでは? とヤマトは困ったような笑みを浮かべつつ視線を向ける。
「まさか、儀式を行うのにこんなに長い時間かかることになるとは思いませんでした……――何かご存知ですか?」
これまでのヤマトの呟きを拾うと、色々と意味深な言葉を口にしていたため、この原因に心当たりがあるのではないかと彼女は質問をする。
「えーっと、ないといえばうそになるんですが、本来ならありえないことだと思うので……ちょっと説明するのは……」
女性の冷静な指摘に内心ドキリとしながらもヤマトからはあまり言いたくないという雰囲気が伝わってくる。しかし、転職の神殿に勤める女性はそれで終わらせるわけにはいかなった。
「他言はしません、同僚にも家族にも誰にも口外も別の方法を使っての伝達もしません。なので教えて下さい」
真剣な雰囲気を纏った女性はそう言うと深々と頭を下げた。
「…………わかりました」
時間にして数秒考えたヤマトは彼女の言葉を信用して話すことにする。
「実は――」
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