第四十一話
一軒目の武器屋へ二人が足を踏み入れると、店の中からはぶわっと金属の匂いがした。
「――いらっしゃい」
店主らしき男性はちらりと二人を一瞥してそう一言だけ言うと、すぐに手元にある新聞のようなものに目を落としていた。好きに見て回れと言わんばかりの雰囲気だ。白髪交じりだが四十代くらいの細身で、若い頃少しやんちゃをしていたようなさばさばした印象を受けた。
「うわあ、結構色々並んでるね!」
店内をぐるりと見渡しながらユイナはいかにもな武器屋という様子に興奮していた。ゲームでは在庫は裏にある、という設定でメニューだけラインナップが表示され、店員NPCとのやりとりで装備を買うというものだったからだろう。
そのため、ユイナは並んでいる武器ひとつひとつに熱い視線を送っていた。ふらふらと気の向くままに進んでいく。
「さて、何かいい武器があるかな?」
ユイナは自由に店の中を見て回っているため、ヤマトも別行動で武器の選定をしていく。
「うーん、これは……」
とある武器の前でヤマトはじっとそれを見つめながら値踏みしている。この店では一般的な武器、特殊効果が付与されているものなど様々な武器がならんでおり、それを何事か呟きながらじっくりと見ていた。
少し離れたところにいるユイナはユイナで少し興奮交じりの大きめの声を出しつつ、自分に合うものを探していた。
「ふわあ、これもいいなあ! こっちのもカッコいいかも!」
もちろんユイナも性能を確認しながら見ているが、どちらかというと本物の武器の重さや見た目に感動しているようだった。
そうやって二人がしばらく店内を散策していると、ついに店主がぷるぷると震えながら新聞らしきものから勢いよく顔をあげた。
「――ええい! うるさいぞお前たち! もっと静かに見られないのか!!」
ヤマトとユイナがなにかしら言葉を発しながら見ているのが気になり、ついにはイライラして大声を出してしまったようだ。
「あ、あぁ、その……すいません」
「ごめんなさい……」
しょんぼりと肩を落として二人が素直に謝ると、店主も気まずくなったのかきゅっと口を結ぶと難しい表情になっていた。
「……てみろ」
そして、大きく息をついた店主が何かを言うが、あまりにぼそりとしていたせいで二人には聞き取れなかった。
「……え? なんですか?」
「すいません、もう一度……」
そっと二人が聞き返すと、新聞を投げ捨てた店主は顔を赤くして今度は聞こえるように大きな声で言う。
「だから、何を探しているのか言ってみろ!」
店主の真っ赤な顔を見た二人は心の中で同じ言葉が浮かんでいた――『ツンデレかよ』と。
しかし、それは口にせず、店主の質問に答えることにする。
「えーっと、私は片手剣を探してます。少し細身のほうがいいかなぁ、それで私が使えるレベルもの。あとは、弓も欲しいかなあ。今使っているものよりも強いもので」
自分の欲しい武器には金に糸目を付けぬユイナは今回、弓矢に金を使っていたため、サブ武器はろくなものが揃えられず、仕方なく短剣を使っていた。
「ふむふむ、それであんちゃんの方は?」
彼女に付き合って買い物に来ただけのヤマトは自分まで質問されるとは思っていなかったため、少し困ることとなる。だがきっと答えないとこの店主はまた不機嫌になってしまうと簡単に想像できたため、少し考え込んだ。
「そ、そうですね、俺は……まあこれがあるからいいかな」
少し考えたものの、やはりクリムゾンソードより上の武器が見つかることはないだろうと考えて、自分が帯剣しているクリムゾンソードを指差した。
「ほほー、あんちゃんなかなかいい剣を装備してるじゃねーか。まあさすがのうちも、それより強い武器というのは用意するのが難しいな」
感心したようにクリムゾンソードを見た店主が素直に認めたことに、ヤマトは少し驚いていた。
しかし、店主はそれを気に留めることなくユイナへの対応に移っていた。
「細い剣がいいと言っていたな……だったらこれはどうだ?」
実力を確かめるようにじっとユイナのことを見たと思えば店主が取り出したのはレイピアだった。
「これは、ルーンレイピア?」
一見しただけでユイナが武器の名前を口にしたことに店主が目を丸くする。
「ねえちゃんはこの武器を知ってるのか?」
「えーっと、知ってるというかなんというか……うん、前に見かけたことがあるということにしておいて!」
どうにも歯切れの悪いユイナの返事に、ヤマトは右手で自分の頭をおさえていた。彼女は素直なところが魅力ではあるのだが、嘘をつくのが苦手だった。
「そ、そうか、それでこの剣はどうだ? なかなかいい武器だと思うが」
ルーンレイピアの刀身には美しくも複雑な文字が刻まれており、少量でも魔力を流すことで切れ味を増すというものだった。また、刻まれた文字の種類によって炎属性になったり、水属性になったりと剣が持つ特殊効果も変わってくる。
「ねえねえ、これちょっと持ってみてもいいかな?」
ユイナは店主が紹介してくれたこの剣が気になるようで、店主にそう質問する。
「おう、持つのも剣を抜くのも構わないが、振り回すのだけは止めてくれよ」
からかうように笑った店主の言葉にしっかりと頷いたユイナは真剣な表情で剣を鞘から引き抜いていく。
ゆっくりと姿を現したルーンレイピアの刀身は薄い青みがかっている。
「この文字は確か……うん、水の魔法剣だね」
この世界で武器や防具に刻まれているルーン文字についてユイナは一時期調べたことがあり、読み解くことができた。目を柔らかく細めてかみしめるように告げる。
「お、おいおい、ねえちゃんルーン文字が読めるのか……?」
魔力を流す前に文字から剣の属性を読み取ったユイナに店主は再び驚かされることとなった。
「えへへ、ちょっとだけね。それより、剣はこれを買うので弓のほうも紹介お願いしますっ」
ぱっと元の明るい雰囲気を取り戻したユイナは誤魔化すように笑うと、弓のほうへと話題を逸らす。
「あ、あぁ、そうだったな。弓はこっちだ」
店主は深く突っ込むことはせず、ユイナの言うままに弓のほうに意識が移った。弓は剣類とは別の場所に陳列されており、今度は弓の紹介をする。
「弓だとそうだな……これなんかいいんじゃないか? 今持っているやつよりもいくらか上の武器だが」
陳列されている商品を一通り確認した店主が持ってきたのは、オークボウと呼ばれる少し大きめの弓だった。
「オークボウ……これなら、今までよりも遠くの敵にあてられるかも」
オーク材という材木を原材料に作られた弓であり、しなやかかつ丈夫な素材のおかげでいま持っている弓よりも射程距離が長かった。
高揚感に包まれながらオークボウを手に取っているユイナが再び武器の種類をずばり言い当てたことに店主はもう言葉もでないようだった。
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