第三話
「――さて、レベルも上がったことだし別のモンスターを狙うのと、少し採集もしていこう」
この森では、初心者の採集クエスト用に薬草がそこかしこに生えている。ヤマトは穏やかな表情でゲーム開始したばかりの頃を思い出しながら、記憶にある群生している場所へと向かうことにする。
「確か、こっちにはデビルウルフがいるんだったか」
デビルウルフ――悪魔の狼という恐ろしい名前がついており、なぜこんな初級の森で出るのか誰もが一度は思うモンスター。
しかし、その強さは森にあったレベルであり、名前負けとはこのことだった。
それが三頭、ヤマトに襲いかかろうと目の前で鋭い牙をぎらつかせていた。
「さてさて、こいつらも確か攻撃が単純だったよな」
デビルウルフはバードに比べて動きが速く、狙いをつけるのは初心者にはやや難しいが、ヤマトから見たらその動きは先読みできるものだった。戦闘モードに入ったヤマトの顔は戦い慣れた者の顔つきになる。
「ガアアアア!」
大きく涎まみれの口を開き、三匹が同時にヤマトに向かってくる。
それを落ち着いた足さばきで避けると、先ほど覚えたスキルの準備をした。
「《スラッシュ》!」
スラッシュ――片手剣で一番最初に使えるスキル。ただ片手剣を思い切り振り下ろすだけに見えるが、スキル発動により剣が光り、威力を普通に斬りつける時の三倍になるものだ。
「《スラッシュ》!」
一匹倒したところですぐに振り向き、今度は横なぎの形でスキルを発動し、二匹目を倒した。
連続でスキルを使ったところで、隙が大きくなったヤマトへと最後のデビルウルフが待っていたかのように噛みついてきた。
「来るのはわかってた!」
ヤマトは剣を握っていない左手でデビルウルフを迎え撃つ。
素手で何ができるのか? デビルウルフはそう思ったがすぐに思考は攻撃できる隙をつくことに移り、そのまま左手に噛みつこうとした。しかし、次のヤマトの言葉が耳に届いた頃にはその行動が失敗だったと気づく。
「《スラッシュ》!」
本日三度目の片手剣スキルスラッシュ。しかし、それは右手の片手剣から生じたものではなく、左の手刀によって放たれたものだった。
「きゃうん!」
可愛い泣き声で吹き飛ぶデビルウルフ。近くにあった木に身体を叩きつけられ、そのまま滑り落ちるとぐったりと根元に倒れこんでいる。
「悪いな、このスキル……素手でも発動できるんだわ」
ただ手で殴ったり手刀を振り下ろしただけでは大したダメージにはならないが、スキルが乗った手刀は強力な一撃となった。
「そして、今度はお前が隙だらけだっと!」
ぐっと足を踏み込むとあっという間に吹き飛んだデビルウルフとの距離を詰めたヤマトは片手剣を振り下ろして最後のデビルウルフに止めを刺した。
「ふー……レベルアップだ」
耳元で五回目となるレベルアップの音を聞いた。ここまでに要した時間は一時間とかかっていない。
「さて、次は薬草集めだ」
改めてモンスターのいなくなった森を見回すと、草花もたくさん生えている。
薬草などの草類などを集めることで、レベルとは別に素材収集スキルのレベルが上がり、また薬草を売ることで金を得ることができるため、ヤマトはこういった細かい作業も率先して行っていく。
他の冒険者に比べてヤマトの作業効率は格段によかった。なぜなら、ヤマトにはクエスト対象である薬草がどこに生えているかを教えてくれる小さな矢印が見えていたからだ。
これまたゲームの頃の機能で、対象素材の場所が視覚的に見えるようになるものだった。
――それから一時間後
「だいぶ集まったな。まさか、薬草以外にもこれだけのアイテムが手に入るとは思わなかった」
これはゲームの時と異なる点で、この森には薬草以外にも毒草や麻痺草、治癒草など様々な種類の草が生えていた。
試しにいくつかの草を採集してアイテムストレージに格納すると、それがなんの草なのか表示されたため、他のアイテムにも手をだしていた。
ヤマトは見つけ次第、ちゃんと成長しており、なおかつ質の良い物を選別してたくさん採取した。
それらはすべてアイテムストレージに格納されているため、見た目ではわからないが、ヤマトはかなりの量の素材を抱えている。
また、途中で何度かデビルウルフと戦うことがあったため、気づけばレベルも八になっていた。
「まだ日が高いうちに街に入るか……すんなり入れるといいんだけど……」
行きとは異なり、帰りはモンスターと遭遇しないように慎重に進んでいく。
その間もユイナや今後の自分の先行きについて考えていた。
ヤマトはここまでモンスターを倒したり、薬草を採集した中で気づいたことがいくつかあった。
モンスターや植物は実際にこの世界で生活していたり、自生しているものであるため、ゲームのように自然と湧くようなものではない。
恐らく、という予想になるが、薬草を採った場所は普通に地面があるだけで、数十分後に同じ場所に行っても薬草はなかった。
「つまり、乱獲は生態系に影響するから危険ってことか……」
その結論に至ったヤマトだったが、観測しているわけではないため、はっきりとどれくらいかの目安がわからない。いつもどおり、未熟なものは取らない程度に気に留めることにしていた。
「モンスターを倒した結果については色々と調整できるのはありがたいな」
色々と試行錯誤している内にメニューの設定で見つけた項目だが、討伐したモンスターが消えるまでの時間の設定をすることができた。
一人で誰もいないような場所で狩りをするなら今までどおりの早さで消えても問題はない。しかし、これを設定できるということは、恐らくこの世界の住人が倒した場合はモンスターの死体は残ることとなるとヤマトは考えた。
「初期設定のままだと俺の倒したモンスターはすぐに消えたけど、他のやつが倒したモンスターは消えないみたいだ」
実際、森を歩いている途中、ヤマトは他の冒険者が倒したと思われる、剣によって傷ついたバードの死体を発見していた。素材回収されなかった死体はそれなりに時間がたっているもので、ほかのモンスターに食い荒らされているような跡が見られた。
そのため、森での戦いの間は初期設定のままで、森を出てからは消えない設定で進むことに決めていた。
更に一時間を経過したところで、ヤマトはやっと森から出ることに成功する。
「かなり倒したはずなのに、まだまだモンスターがたくさんいたな。もしかして復活もするのかな?」
ふと後ろの方にモンスターの気配を感じたヤマトは、ついさっき立てた予想が覆るかもしれない結果を口にした。
「この辺りも含めて要調査案件だなぁ」
周囲に冒険者などの姿がないことを確認しつつ、何が必要なのか、情報をメニューにあるメモに記しながら、始まりの街デザルガへと向かうヤマト。
街の入り口が見えてきたところで、人の行き来も見られはじめたため、ヤマトは怪しい行動にならないようにメモをやめる。
入り口には銀色に光る鎧を身に纏った屈強な衛兵の男が二人おり、モンスターや不審者が街へ入ってこないように外を睨みながら門番をしているようだった。
「こんにちはー」
以前、ゲームでここに入った時にも衛兵はいたが話しかけてくることもなく、特に検問はなかったはずだと思い出したヤマトは自然と出た挨拶とあわせて軽く会釈をすると、そのまま門を通ろうとする。
「――ちょっと待った」
だが予想を裏切って話しかけられて引き留められたせいで、何か不審な行動があったかとヤマトはドキッとしつつ自分の行動を内心で振り返っていた。
「はい、何か?」
しかし、それを微塵も感じさせず、ヤマトはにっこりと柔和に微笑んで返事を返す。
「君はこの街に来るのは初めてだね?」
心なしか見極めるように鋭い眼差しの衛兵のその問いに、ヤマトは緊張からごくりと唾を飲みつつ、頷いて返す。
「そうか……それじゃお決まりのセリフを――ようこそデザルガへ! ゆっくりしていってくれ!」
屈強な衛兵の二人はそれまでのいかつい顔をにっこりと笑顔に変え、揃って歓迎のポーズでヤマトを迎えてくれる。
「ふふっ、驚いたかい? 俺たちは衛兵をやっているおかげか、人の顔を覚えるのが得意でね。それで初めて来た人にはこの言葉を送ることにしているんだ」
「な、なるほど……」
ゲーム時代にはもちろんなかった衛兵の言葉に、呆気にとられたヤマトは驚きつつも相槌を返していた。
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