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第三十五話


 

 短剣で手近な敵を潰しつつ、走っている最中も武器を変え、ユイナは新たに近寄ってくるデビルゴブリンたちに矢を放っていく。


 弓使いの最大のメリットは魔法と違って魔力の溜めが必要なく、移動しながらでも攻撃をすることができることだった。

「いっけーー!」

 ユイナの命中力は高く、次々にモンスターに攻撃が命中していった。しかし、さすがに移動しながらでは急所目がけてというわけにはいかず、ダメージを与えるだけにとどまっている。


 しかし、止めにならないことは彼女自身ちゃんとわかっており、ユイナはダメージを与えたところで近距離での短剣による連続攻撃を考えており、その目論見は成功する。

「せいっ!」

 いつの間にか弓は背中に、短剣は両の手に握られており、素早い動きでソルジャーゴブリンへと斬りつけていく。この切り替えのはやさも彼女の特徴だ。


 既にデビルゴブリンは倒してあるため、目下の目標はソルジャーゴブリンだ。上位種といってもレベル差があるためユイナが苦戦することはなく、あっさりと倒すことができる。

「次っ!」

 すぐに二体目のソルジャーゴブリンの方を向いて相手取るユイナ。


 これまでに倒されたゴブリンは一度の攻撃もすることなく倒れていったが、ソルジャーゴブリンは剣を振り下ろしてユイナへと攻撃してくる。

「遅いよ!」

 だがユイナの攻撃はソルジャーゴブリンから見たら、神速とでも呼ぶべき速度であり、あっという間に懐に入り込んだユイナは心臓の位置を深く一突きすると、素早く離れる。


 それは、ジェネラルゴブリンの接近を感じ取っていたためだった。ジェネラルゴブリンはここにいるモンスターの中で最もレベルが高く、ユイナと対峙していたソルジャーゴブリンの身体ごとユイナを攻撃しようとしていた。


 真っ二つにされたソルジャーゴブリンから離れていなければ、ユイナもダメージを受けてしまっていただろう。

「うわ、あっぶな!」

 残り一体となったジェネラルゴブリンだったが、他のモンスターとは異なり、ユイナの動きをじっくりと見ていた。先ほどの攻撃にしてもユイナの死角をつこうとしたものであり、他の者と比べて考えを巡らしているようだった。


「むむーっ、レベルは低くても将軍の名は伊達じゃないみたいだね……でも、私も負けないよ!」

 不機嫌そうにしつつもユイナは短剣を握り直し、ジェネラルゴブリンに向けて構える。

「GRRRRRR……」

 攻撃が決まらずに苛立ちをにじませたジェネラルゴブリンは唸り声をあげていた。


 ユイナは急に声をあげたジェネラルゴブリンに首を傾げる。聞き覚えのある声だったからだ。

「どこかで聞いた気が……」

 ジェネラルゴブリンがあげる唸り声――それが何を示しているのかをユイナは自分の記憶を辿っていく。


 そしてそれはすぐにわかることとなる。


「――はっ!」

 記憶の通りならばとユイナが慌ててマップを確認すると、赤い点がマップを埋め尽くすほどの敵が集まって来たことに気づく。

「ま、まさか!」


「ギャッギャッギャ!」

 ジェネラルゴブリンは驚くユイナのことをあざ笑うかのように甲高い声で笑っていた。ユイナは先ほどの唸り声の理由を突き付けられてぎりっと奥歯を噛む。


「……呼び寄せの咆哮」

 咆哮というにはさほど大きくない唸り声だったが、それは超音波のように周囲に響き渡り、ありとあらゆるモンスターを呼び寄せるというものだった。


 そして、この橋の周囲にはもともと大量のモンスターが生息しており、それが一斉に集まって来たようだった。

「あ、あはは、こ、これはちょっとどころじゃなくまずいかなあ……」

 武器を構えることをやめはしないものの、圧倒的不利な状況にユイナは冷や汗が頬をつたっている。


「これ以上増えないように、まずジェネラルだけは!」

 自分にとって良くない状況だというのを理解したユイナは先手必勝だとすぐさま行動を起こし、ジェネラルゴブリンに短剣で六度斬りつけていく。これはユイナの身体能力の高さがなせるわざだ。


「グ、ギャギャギャ」

 苦しそうな声を出して倒れるジェネラルゴブリンだったが、その表情は笑っていた。自分が倒れようとユイナの不利は変わらないということを確信していたからだろう。


「さて、ここからどうしようかな?」

 ユイナはジェネラルゴブリンが息絶えたのを確認すると、改めて緊張感のこもった表情で周囲を見渡す。続々とモンスターが橋に向かって集まっていることを視認したユイナは軽口のように言うが、内心ではひしひしと焦りがつのっていた。


 だがヤマトに会う前に死ぬわけにはいかない――その思いだけが彼女を奮い立たせている。


「……ヤマト――諦めるなんてできっこない。だったらとにかく、やれるだけのことはやらないと!」

 駄目だと思っても、最後の一秒まであがき続ける。それがゲーム時代にも心得にしていたことで、その結果ユイナはヤマトともに冒険を続けてこられていた。


「いっくぞおおおおおお!」

 ユイナは気合いを入れて声を出すと、再度弓を取り出して装備し、まだ距離があるモンスターに向かって矢を放っていく。数を減らすためにありったけの矢を次々に連射し、その攻撃はまるで数本の矢を一気に放ったかのような勢いがあった。


 しかし、矢も有限であり筒に伸ばした手が空を切ったことで、ユイナは戦い方を短剣主体に切り替える。


「……もう、これでいくしかないよね」

 戦闘手段が近接戦のみになったユイナ。慣れない短剣のみでの戦いを強いられ、ぐっと苦い表情になる。

 だが真剣な表情で彼女は短剣を再度握り、モンスターの群れへと突っ込んでいった。






 それから数十分もの間、ユイナは戦闘を続けている。いまだモンスターの数の方が圧倒的に多いが、あちこちに返り血や戦闘の余波を感じさせる擦り傷を負いながらもまだ彼女の心は折れていなかった。


「はあっ、はあ……まだ、まだやれるよ……っ」

 息を乱しながらも必死に戦い続けるユイナだったが、疲れから精彩を欠き始めて細かい傷が増えている。少しづつ追い詰められている感覚は消えず、彼女はピンチに陥りつつあった。


「せい!……っ」

 また一体と倒したところで、ふいに膝の力がガクンと抜けてしまう。ユイナの気持ちに身体の方が先に追いつかなくなったのだ。

「――しまった!」

 ユイナに迫っているモンスターたちはその大きな隙を見逃すことなく、同時に二体のモンスターがユイナ目がけて剣を振り下ろした。


「きゃああああ!」

 防御しようにも身体が言う事を聞かない。もうだめだと思ったユイナは、目をつぶって声をあげる。



 こんな時にヤマトがいてくれたなら――じわりと彼女の目に涙がにじむ。



 しかし、いつまでたってもその剣が自らの身に到達することがないため、ユイナはどうしてだろうと恐る恐る目をあけた。


「――もう大丈夫だよ、ユイナ。これ以上こいつらに指一本触れさせない! ユイナは俺が守る!」

「っヤマト!」

 見覚えのある背中にユイナは感極まったようにその名を叫んだ。


お読みいただきありがとうございます。

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