第三十二話
報酬を得たヤマトは新しい装備の確認のために街中を散策することにする。ここまでの道中でまたレベルが上がっており、今ではレベル二十八になっていた。
「結局攻撃はほとんど喰らわなかったから、補助武器とあとは能力を上げるアクセサリが欲しいところだけど……」
この街はプレイヤーが初心者を抜けた頃に到達する街であり、ワンランク上の様々な装備を購入することができるため、一新するプレイヤーも少なくなかった。
「金欠は生きていくことに直結するから、ゲームとは感覚を変えていかないとまずいなあ」
ゲーム時代は金がなくてもお腹が空くことに困らないし、宿に泊まれないなら一日中冒険していればよかった。
だが今ではそうはいかない。前の街でも装備を揃えるために金をどんどん使っていたことを考えると少し慎重に買い物をし、財布の紐をしっかり結んでおこうとヤマトは決意する。
それでも新しい装備に対する期待は捨てられず、足は店へと進んでいた。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃいませ」
最初に訪れたのはアクセサリ屋だった。この街では腕輪や指輪などのアクセサリ類は防具屋ではなく、アクセサリ専門店で売られていた。
店内は落ち着いた雰囲気で、客層もそれに合わせて女性の冒険者や貴族風の紳士など、大騒ぎすることがないであろう者たちがほとんどだった。
「えっと、見て回っても大丈夫ですか?」
「えぇ、もちろんです。お手にとりたいものや気になる商品があった場合は店員にお声がけ下さい」
最初に応対してくれた男性店員はヤマトが初めてこの店を訪れた客であることをわかったようで、自然な流れで説明をすると離れた場所へと移動する。彼の着ていた服は上品なあつらえになっており、この店の品の良さを感じた。
店で商品を見ている際に、この商品はこれこれこうなんですよ――などと説明をしてもらうことで購買意欲が高まる者もいるが、ヤマトは一人でゆっくり見たいタイプであるため、ここの店員の対応に好感を持っていた。
静かな店内には静かな曲が流れている。これは魔道具の一つで録音した音楽を流すものだった。流れている曲はピアノ曲で主張せずにあくまでBGMに徹している。店全体がゆっくりと見て回れるような演出がなされていた。
「やっぱりいいものが並んでいるなぁ……」
ぽそりと呟いたヤマトの目には並んでいる装備のステータスが映っている。
品ぞろえは豊富で、今装備している腕輪と同様に敏捷性が上がるもの、筋力が上がるもの、視力が上がるものなど様々だった。しかもここのものはどれをとってもクオリティが高く、他の店で売っている物よりも性能が良かった。
「この腕輪よりも効果が高いみたいだ……」
手に取らずとも、説明を受けずともステータスがわかるため、他の者に比べてヤマトの商品の選別はスムーズに進んで行く。
一通り見て回ったところで目当ての物と自分の予算を計算し始めた。
「今の所持金は……」
ヤマトにしか見えないメニュー画面の端に彼の現在の所持金が表示されているため、それを確認する。
「うん、足りる」
ほっとしたように頷いたヤマトは購入する品物を決めると店員を探し、目が合ったところで手招きする。先ほどの店員とは違い、少々慣れてないような若い雰囲気の男性だった。
「はい、お呼びでしょうか?」
「えっと、これを三つ買いたいんですけど」
ヤマトが選んだのは敏捷の腕輪――それを三つ。しかし、彼が選んだのは並んでいるものの中でも上昇値の高いものだった。『敏捷の腕輪+2』、三つの腕輪の名称はヤマトにはそう見えていた。
以前、デザルガの防具屋でも同じ名のものを買ったが、その名のとおり、敏捷性をあげ、着用した者の動きをよくする効果を持っている。ただしこの+2というのがポイントで、この数値が高いほど性能が良くなっていくのだ。
ヤマトが迷った風もなく選んだことに店員は一瞬驚く。大体の客は一通り見て回ったのちに店員に相談しつつ商品を選ぶのが定石だったからだ。
「承知しました。まず、こちらですが……」
きっと聞き忘れているだけだろうと店員は商品の説明を始めようとするが、ヤマトはそれを笑顔で手で制して止める。
「説明は大丈夫です。支払いをしたいのでお願いします」
商品の説明がいらないというのは余程急いでいる場合か、説明に興味のない貴族などがほとんどだったが、ヤマトの服装は貴族然としたものではなく、かといって急いでいる様子もない。
「えっと……」
そのため今までにない状況に一瞬、店員は言葉に詰まってしまう。彼はここに勤め始めてから一か月程度で、想定外の客への対処ができずにいる。
「――お客様、申し訳ありません。こちらですね、すぐに会計に移らさせて頂きます」
そこへ助け船を出したのは最初にヤマトを迎え入れた店員だった。彼は勤続年数は五年を超える中堅店員であり、急な対応にも咄嗟に反応できるだけの経験を積んでいた。先ほどの新人店員は申し訳なさそうに下がっていくのがヤマトの視界の端で見て取れた。
「お願いします。――すいません、説明をいらないって言う人は珍しいんですかね?」
てきぱきと慣れた様子で作業している中堅店員にそっとヤマトは質問した。
「いえいえ、色々なお客様がいますからもちろんそういう方もいらっしゃいますよ。お気になさらず、むしろうちの者が失礼をしました」
上品な笑みを浮かべた中堅店員は会計カウンターへと案内しながらも、新人店員の態度について改めて謝罪をする。
「いえ……あの、あとであの人を叱らないであげて下さいね?」
ヤマトは落ち込んだ表情の新人店員のことを心配して、中堅店員に進言する。
「ふふっ、ありがとうございます。もちろん叱ることはありません。彼にも良い経験になったかと思いますので」
それとなく中堅店員とヤマトが新人店員に視線を送ると、何かを決意した表情になっており、別の客のもとへと向かっていた。
「成長しそうですね」
「えぇ、ありがとうございます」
ヤマトは新人店員が心折れずに次に進んでいることからそう評価し、中堅店員も少し誇らしそうだった。
「それではこちらで会計をさせて頂きますね」
中堅店員がそのまま会計対応に入り、アクセサリ三つを専用のケースに入れてそれを袋に包んでいく。
いまヤマトが所持している敏捷の腕輪よりもワンランク上の物が手に入ったことで、敏捷も以前より格段に上がるだろう。
ともすればすぐに装備するかもしれないが、パッケージを含めて初めて一つの商品として完成すると考えているお店のようで、店員は丁寧に包装作業をしている。その時ヤマトはあることを思いつき、一つだけ包装を変えてもらっていた。
「それじゃ料金はこれで」
ヤマトが提示された料金をカウンターに載せて支払い、包んでもらったアクセサリを受け取った。
「お買い上げありがとうございます。よろしければまたご来店下さい」
柔らかな笑みを浮かべた中堅店員は深々と頭を下げてヤマトを見送る。
他の客への対応を終えた新人店員もそれに気づき、ヤマトに綺麗なおじぎをして見送っていた。
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