第三十話
一方、ヤマトはエクリプスに乗って順調に旅を続けていた。
魔物が出ても元々の知識と経験で難なく倒せるため、その部分で苦労はない。
そうは言っても中央都市リーガイアまでは約五日間の旅。慣れない馬に乗ってそれだけの日数を移動するのは現代の人間にとっては大変なものであることは容易に想像ができる。
「――意外と平気なもんだなぁ」
しかし、エクリプスの気遣いと身体強化されていることによって、ヤマトの身体に疲れはほとんどなかった。道中の景色やモンスターとの戦闘を楽しんでいたのもあったかもしれない。
「ヒヒーン!」
エクリプスもしっかりと夕方から夜に休んでいることで疲労はたまっていないようだった。むしろヤマトを乗せられて旅ができることにご機嫌であるほどだ。
「そろそろ中央都市リーガイアが見えてくるはずなんだけど……」
リーガイアへ向かう道中、景色が変わるとともに出てくるモンスターも変化が現れる。記憶の中にあるマップと今のミニマップを照らし合わせてヤマトは着実に目的地へ近づいている実感を覚えていた。
緩やかな上り坂になっている道をあがりきったところで見えた景色に、ヤマトは輝かんばかりの笑顔になっていた。
「おおー! 改めて見るとすごいでっかい!」
キラキラと感動するヤマトの目に入ってきた景色は爽快なものだった。
広く突き抜けるような青い空。眼前に広がるは広大な草原。中央には整備された大きめの一本の道がある。その草原を抜けた先には畑があり、すぐ奥に巨大な城塞都市がそびえたっていた。
大きな道では馬や鳥が引く馬車が行き交い、空には鳥が自由に羽を広げて飛んでいる。穏やかに吹く風に揺れる作物が実った畑には遠めだが人が働いている姿が見えた。
「ゲームを開始してプレイヤーが最初に目指す憧れの街、中央都市リーガイア……改めて来るとやっぱり感動するなあ」
ヤマトがこの街を目指した目的はユイナと再会するためのちょうど中間地点であるためだったが、これだけの大きな街をリアルに体感できるのはやはり感動が大きかったようだ。
「ゲームだと目的地に行くこととか、新しい装備やクエストの発生とかが主眼にあるからこうやってしっかり景色を楽しむ余裕がなかったしなぁ」
ゆっくりと周囲の風景を楽しみながら、今度は緩やかな下り坂を下っていく。
さほど強すぎない日の光、頬を撫でる少し冷えた心地よい風、草原から香る草の匂い。
そのどれもがゲームの時には感じられなかったものであり、このリアルな感覚は旅をしているという楽しさをヤマトに与えてくれていた。
草が風に揺れるのを眺めながら進み、草原を抜けると今度は畑地帯に差し掛かる。
「こんにちは」
畑で作業をしている人にヤマトは声をかけて頭を下げる。すると相手も笑顔でヤマトへと頭を下げて返してきた。
「いい街だな……」
城壁の外で働いている農家が不安にならずにいられることから、この街の周辺の安全性が保たれていることがわかる。そして、彼らの表情を見る限り、やらされている感じではなく、心から農業を楽しんで行っているのが伝わってきた。
もし、街に問題があったり、よそ者に対して思うところがあれば気軽に返事へ応えたりはしないだろう。
更には、先ほど会釈としてきた相手が作業している畑には小さな子どももおり、元気よく畑の周りを走りまわっていた。
恐らくだが、祖父の農業の手伝いに来たものの飽きてしまったのだろうと予想できた。だが周囲も子どもたちを温かく見守っているようで、のんびりとした時間が流れていた。
街に近づくにつれて、街から漂ってくる活気が感じられてきた。行き交うたくさんの人々は皆いきいきとした表情で、それこそ多種多様な種族の人たちがいた。
「人も多そうだ……ゲームの時もプレイヤーだけじゃなくNPCも多かったからなあ」
記憶にあるゲーム内の情報を思い出しつつ、ヤマトはエクリプスに乗ったまま街の中へと入っていく。
大きな街だけあって軽く審査はあったものの、冒険者ギルドカードのチェックのみで入れた。このカードが身分証明書の役割を果たしてくれたのだろう。
街の中を見渡すと、周囲の人たちは徒歩であったり、走っていたり、鳥や馬に乗っていたり、馬車に乗っていたりと様々だった。ゆえにヤマトがエクリプスに乗ったままでも目立つことはない。
しかし、ヤマトはどこからか見られているという感覚を覚えていた。
それがユイナのものであれば隠れる必要はないが、相手が姿を現さないことを考えると、彼女である可能性は低かった。
「さて、まずは宿を探そうかな」
もしかしたら相手にも聞こえてるかもしれないため、ややわざとらしくそう呟いていた。
街までの道のりや街の構造はゲームと大きな変化はなく、ヤマトはすぐに宿へとたどり着いた。
「それじゃあエクリプスはここで待っていてくれ。泊まれるか聞いてくるよ」
ここまでの道中で、ヤマトはエクリプスにも戦闘をさせていた。馬や鳥など、各プレイヤーが手に入れた騎乗できる生物は戦わせることで成長させることができる。
道中の戦闘もヤマトが提案したものではなく、エクリプス自身が望んだものだった。
それゆえに……。
「おっ! こいつはなかなか良さそうな馬じゃねーか。――おわっ、あぶねっ!」
下品な笑顔でエクリプスに近寄ってきた男が、更に一歩近寄ろうとする。そこでエクリプスは男が足を踏み出す予定の位置を力強く踏みつけた。
男はかろうじて避けられたようだったが、ドンッという音とともにエクリプスの蹄の形で地面が陥没していた。
「……あ、あぶねーじゃねーか!」
攻撃をされたと考えて男がエクリプスを糾弾しようとするが、エクリプスに強く睨まれると余裕がなくなり、その場から一目散で逃げ出してしまった。
自分で自分の身を守れるようになりたいと考えて戦闘への参加を自ら名乗り出たエクリプス。今ではレベルが八に上がっており、元々の筋力もあってか並みの馬では太刀打ちできないほどになっていた。
ちなみに、彼が地面を踏み抜いたのは馬の特別スキルが強蹄というものだった。馬でスキルを覚えるものはこの世界ではほとんどいなかったが、ヤマトと共に何度か戦闘していたことでスキルを身に着けることができていた。
「ただいま、エクリプス。大丈夫だってさ。裏に厩舎があるからそっちに泊まってくれるかい?」
「ヒヒーン!」
何事もなかったかのようにエクリプスは頬を擦りよせてヤマトを迎え、自ら先んじて裏手の厩舎へと移動していく。ヤマトの手によって空いている厩舎に入ると、彼に一度あいさつ代わりにと頬ずりしたのち、エクリプスはすぐに眠りについていた。
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