第二十九話
ところ変わって、エルヴン族の始まりの街ルフィナ 早朝
「――誰も、いないかな?」
街中で壁に隠れながらキョロキョロと周囲を探っているユイナ。ヤマトにはあえて伝えていなかったが、彼女はこの街でやり過ぎていた。
「ふう、今ならいけそうだねっ」
隠れていた壁から姿を現して、急いで街の入口へと向かう。早足だが慎重に、周囲の気配を探りながら進む。もう少しで門までたどり着くかというところで彼女に声がかかった。
びくんと身体を大きく揺らして振り返った先にいたのはこの街の住人。
「……あれ? ユイナさん?」
彼は以前ユイナがクエストを達成してくれたことで知り合いとなった程度の関係である。
声をかけたのはなんの変哲もない、挨拶をしよう程度の言葉であり、ユイナに対して何か咎めるような意図を含んでいるわけではなかった。
「――ギクッ!」
しかし、隠し事が苦手なユイナはついそんな擬音を口にしてしまう。
「こんな早くからどこかに行くんですか?」
そんなユイナの反応に気づいているのかいないのか、始まったのは他愛のない世間話だったが、ユイナは早くこの場から移動したかった。
「いや、その、あはは、ちょっと……その、モンスター退治にね!」
動揺交じりの歯切れの悪い様子のユイナを見てどうしたんだろうかと彼は首を傾げる。
「……うん? それはご苦労様です。気をつけて行って下さい」
忙しいところを引き留めてしまったのかと街の住人が申し訳なさを感じつつ終わったこの会話は時間にして、数分程度だった。
しかし、ユイナは落ち着きなく周囲を見ながら街の入口へとそそくさと向かっていく。
「――あーーーーーーっ!」
そして、まるで何かを見つけたようなその声を聞いてしまうことになる。
「……あーぁ、見つかっちゃったかぁ……」
しょんぼりと肩を落としたユイナ。彼女はヤマトと再会するためにレベル上げもしていたが、その際にこの街で雑用系のクエストを中心に請け負っていた。
住民と話をすることで、色々と自分が知らない情報を集められると思ったためだった。
「もー、ユイナお姉ちゃん! モンスター退治に行くなら連れてってって言ったでしょ!?」
その中で迷子の子どもの捜索のクエストを受注して、西の森に迷い込んだ彼女をユイナは見事に見つけ連れ帰ってきた。そこまでは良かったのだが、それをきっかけにして、彼女ことミーナになつかれてしまったのだった。
ユイナが冒険者になるなら自分もなると言い出したミーナは何かにつけてついてこようとするのだ。そして彼女から逃げ隠れていたユイナを目ざとく見つけてくる。
「そ、そうだっけ?」
「そうだよー! お母さんもユイナお姉ちゃんと一緒だったらいいって言ってたし、ユイナお姉ちゃんもいいよって言ったじゃない!」
ぷりぷりと頬を膨らませて怒る幼い容姿のエルブン族のミーナの年齢は八歳と実年齢も若かった。
「そう、なんだけどね……」
つい勢いで思わず賛成するかのような言葉を言ってしまったユイナだったが、実際のところ幼いミーナの戦う力は弱く、彼女を守りながら戦うのは危険が伴い、率直に言ってしまうと足手まといだった。
「っ……嫌、なの……?」
鈍い反応を示すユイナを見たミーナはみるみるうちに大きな可愛らしい瞳に涙をいっぱいにし、加えて上目遣いでユイナに問いかけた。
お互いに名前にナが入っていることからなんとなく親近感を持ってしまい、可愛がっているうちに必要以上にミーナに依存させてしまったようだ。
「……仕方ないなぁ……」
その言葉を聞いて、連れて行ってくれるのかとミーナがぱあっと明るい表情になるが、目線を合わせるようにしゃがみこんだユイナは真剣な表情で彼女の目を見つめる。
「ミーナ、私もあなたのことは好きよ。色々と知らないことを教えてくれたし、家族のように接してくれてとても嬉しかったよ……でもね、私はもう旅に出ないといけないの」
つい前日の通話でヤマトがそろそろ動き出すと言っていた。ユイナがこの世界で一番望んでいたのは彼との再会。
ゲーム時はいつも一緒だったことで初めてひとりぼっちの旅が始まり、ずっと不安だったユイナ。だがいつだってその思いがあるから一人でも頑張ってこれたのだ。
街と街の移動はゲームとは勝手の違うこの場所では危険が伴う。長い旅路に伴うその危険をヤマトにだけ負担させるわけにはいかない。
夫婦なのだから、お互いに辛いことを半分ずつ背負って、楽しいことを二人で分かち合う。そう結婚式の時、神前で一緒に誓いあったことはユイナの心に今も強く刻まれている。
「えっ……」
ミーナの目に再び涙が浮かぶ。いつも笑顔を絶やさないユイナが真剣な表情でいることも彼女の不安をあおった。
「あなたは私の大切な友達だよ! ……でもね、この世界で最も私のことを理解してくれる――ううん、どこにいても私のことを一番わかってくれるとても大切な人に会いに行かないとなの。彼も色々な危険を乗り越えて私のことを探そうとしてくれている。だから、私も行かないと」
ミーナはポロポロと溢れ出す涙を拭うことをせず、大切な友達と言ってくれるユイナの話を真剣に聞いていた。もともと少し大人びているミーナは今はキチンと話を聞かなければいけない時なのだと子どもながらに理解しているようだった。
「私はもう旅立たないとなの……だからあなたをモンスター退治に連れていくことはできない」
ちゃんと話を聞いてくれているミーナの気持ちをないがしろにしているわけではないという気持ちを込めて、彼女の手をきゅっと握りながらあえてハッキリと言葉にするユイナ。
「ぐすっ……ぼ、ぼう、ばべないぼ……?」
それでもミーナの涙は止まる気配なく、気づけば鼻水まで出てぐすぐすとすすりながら言葉にならない言葉でユイナへと質問する。
「また会えるよ。だって、私たちは友達でしょ? ……そうだ! 私と約束しよ? 指切りっていうんだけど、約束をする時にちゃんと守りましょうねっていう証でするの」
「う……ひっく、ひっく……ゆび、ぎり……?」
まだ鼻声のミーナだったが、繋がる手から伝わる温もりに少しずつ気持ちが変わってきていた。
「そう、こうやって小指と小指を結んで……ゆーびきーりげんまーん♪」
そうやって彼女との約束の証を残すためにユイナはミーナの小指に自身のそれを絡めてにっこりと安心させるように笑いかけつつ、指切りをする。
「ゆーびきった! ――はい、これで約束完了だよ。ヤマトにもこの街のこと見せてあげたいし、きっとまた遊びにくるから、だからミーナもたーっくさんお友達を作ってね!」
「うん!」
今もまだ涙を流し続けるミーナ。これまで街の子どもたちを敬遠してきたが、ユイナと約束したため一歩を踏み出そうと強く決めていた。
なにより自分が感じているようにユイナだって別れがつらいはずだと思えば、安心させようと笑顔でいてくれる彼女に成長した自分を報告できるようになりたいと思ったのだ。
「ふふっ、よかった。それがすごく気がかりだったから……じゃ、ミーナ、またね!」
満面の笑みでユイナはそう彼女に告げると大きく手を振って街を出ていった。
「――ユイナお姉ちゃん……私、がんばるねっ」
しばらくユイナの背を見つめていたミーナはぐいぐいと裾で涙と鼻水を拭うと、くるりと振り返っていつもこの街の子どもたちが遊び場にしている公園へと走っていった。
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