第二話
ヤマトは徐々に自分の身体がどこかへ着いたのがわかり、ゆっくりと目を開いていく。
「ここは……」
ゆっくりと周囲を見渡すと、どこか見覚えのある風景が広がっている。そこは草原が広がっており、少し離れた場所には少し大きな街があるのが見える。
「始まりの街――デザルガ」
ヤマトがエンピリアルオンラインで選んだ種族はヒューマン、いわゆる人族。彼はゲームをする場合は基本的に人間に類する種族を選ぶことにしている。慣れた姿が一番動きやすいと思っているからだ。
グランドクエストと呼ばれる、ゲームの中の主となるクエストをクリアしていたヤマトは上位種族のハイアーヒューマンにクラスチェンジしていた。どうやら種族は初期化されなかったようだ。
そのヒューマンが旅立つ際に最初に飛ばされる先が始まりの街デザルガだった。
「ということは、ユイナはあっちに飛ばされたのか……」
ふと先ほどまで一緒にいたユイナの姿を思い出す。彼女の選んだ種族はエルブン族。
他のゲームでいうエルフのことであり、その拠点はデザルガからは真逆にあると言ってもいいほどかなり距離の離れた場所にある、始まりの街ルフィナだった。
もちろん彼女も上位種族のハイアーエルブンにクラスチェンジしていた。
「何か連絡をとる手段があればいいんだが……」
それぞれが飛ばされた場所に目当てがついたヤマトは何かないかとメニューを開いて確認するが、フレンドメッセ―ジなども送れず、二人で作ったギルドも解散されていた。
すると、どこからか音が鳴っていることに気づく。これはメッセージが届いた時になる音だった。
「……ユイナ!?」
恐らくはメッセージを送っている主がユイナであると考え、音の正体を探すべく自分の身体を確認していく。
すると首から下げていたネックレスにつけてある指輪が目に入る。銀色に輝くそれはゲーム内で結婚した際に購入した指輪でマリッジリングという名称のものだ。
「指輪は初期化されていないのか」
ユイナとのつながりが消えていなかったことにほっとしながらもヤマトは慌ててそれを身に着けた。
「これを装備して……――ユイナ、聞こえるか?」
『うん! 聞こえるよ! ……そっちは大丈夫?』
指輪を装備することで二人は互いの声が鮮明に聞こえていた。この指輪には通信機能もついており、対になっている指輪同士だけという制限はあるが、意思疎通が図れるのだ。
「あぁ、俺も飛ばされて、今はデザルガの近くだ。そっちはルフィナの近くか?」
『うん、なんか種族の開始位置に飛ばされたみたいだね。初期の頃を思い出してちょっと懐かしい気持ちもあるけど……これじゃあ、ちょっとすぐには会えなさそうだね……』
身体が消えた時のユイナの表情は絶望に染まっていたが、互いに所在が確認できて連絡手段があることに気づいたおかげか、声音から落ち着いてきている様子が伝わってきた。
「とりあえず、メニューの大半が使えることから考えて、ゲームの中かゲームのような世界であることは間違いない。その上で、ここには人がいて生活していると考えて動くぞ」
『うん、とにかく早くレベルを上げて合流しよ! それと、人には礼儀正しくだね』
二人は何に気を付ければいいのか理解しており、そして二人がもう一度出会うために動くことを決める。
「会話は緊急時か宿に泊まった時にしておこう。一応俺も常時つけておくから、何かある時はコールしてくれ」
『わかった、街中で独り言言ってたら怪しい人に見えちゃうもんね。それじゃ、またあとで……気をつけてね』
ヤマトが言えば、ユイナはすぐに理解をする。
現実世界でも夫婦である二人ならではの以心伝心ぶりだった。
「あぁ、ユイナも気をつけて」
通信が終了すると、ヤマトは冒険者としての旅立つための初期装備を取り出して身に着ける。これは職業を選んだ時にアイテム一覧に自動で付与されるものだったため、アイテム欄に入っていた。
「またこれを装備することになるとは……さて、行くか!」
ユイナの無事の確認と目標が定まったことですっきりした表情になったヤマトは街に背を向けて草原を縦断し、近くの森へと向かっていく。
「この身体だからなのか、息切れはないな」
しばらく調子を確かめるために森まで走り続けるヤマト。
今いる世界は妙なところで現実じみていて、妙なところでゲームじみている。こんなあやふやな状況だったが、ヤマトが最初に始めることは決まっていた。
「まずは……レベル上げだ!」
しばらくして森へと入ったヤマトは走る足を止めずに、奥へと向かいモンスターを探す。この森にいるのはゲームの時は初級のモンスターのみであった。モンスター自体は弱いが、数は結構いるのがこのあたりの特徴だ。
それが今もそうなのか、変化があるのか――それを確認するため、以前と変わらないのならそのままレベル上げをするためにヤマトはここへやって来た。
「どうやら、ゲームと大差はないみたいだな。それじゃ……狩りの時間だ!」
周囲を見渡し、見つけたモンスターは見覚えのあるものだった。意気込んだヤマトはモンスターへと向かっていく。
最初に目をつけたのは、バードという名の鳥のモンスター。尖ったくちばしが特徴のバードはまるまると太った体型で、身長は一メートル程度。
軽く走りながらもヤマトは近場にあった石を拾い、バードに投げつける。
手を出さなければ凶暴ではないが、攻撃を加えると尖ったくちばしでつついてくる。
「攻撃が、単調だ!」
さっとバードの攻撃を避けると、すれ違いざまにショートソードで斬りつける。
さすがにレベル一であるため、一撃必殺とはいかないが、バードが振り返る前に次の攻撃を加えることで倒すことに成功した。
身体に染み付いた戦うための動きはなくなっていないことに安堵しつつ、ヤマトは剣を握る手を見つめる。
「感触があるな」
ゲームの時とは違い、自分の手でバードを殺したという感触が剣を通して伝わってくる。その感触は今までにないものだったが、それでも不思議とヤマトには嫌悪感はなかった。
「次をやろう」
この森にはバードが多く生息しているため、一人が狩ったくらいでは生態系に影響を与えるほどではない。
見つけ次第、次々にバードを倒していくヤマトは一度もダメージを受けることはなかった。ヤマトの通った道にはあれほどいたはずのバードはもう一匹もいなくなっていた。
「ふう、こんなものか。レベルは……五か。まあ、取得経験値も適正だな」
五十匹ほどのバードを倒したところでヤマトは一息つくことにした。
これまでに倒したバードの死体はどうなったかというと、数分の間はそのまま横たわっていたが、ゲームの時のようにその後は電子データが崩壊するようにすーっと消滅してしまった。
「このへんもリアルとゲームのミックスだな。素材に関してはバードの肉が十、羽が三十、良質な肉が二、皮が八か。ドロップ率も同じくらいか。――だけど、まさかアイテム欄に直接入るとは……」
モンスターがリアルであるため、倒して素材を剥ぎ取るという動作が必要かとも考えていたが、アイテムは倒したと同時に自然とヤマトのアイテム欄に収納されていた。
この頃になるとヤマトは片手剣の基本スキルを習得していた。
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