第二十七話
「クリムゾンソード……」
どうだと言わんばかりの表情で店主が武器の名を口にする前に、呆然とヤマトがその名を呟いた。
この武器は特殊な武器で、レベル二十五から装備可能な武器なのに、手に入るのがレベル四十のクエストというものだった。コレクターや珍しさで欲しがる人はいてもその頃にはもっと強い装備があるために、ほとんどのプレイヤーが取得せずに物語を進めていくというものなのだ。
「おぉ、知っていたか。その剣はなかなか世の中には出回らない武器でな、一本だけうちに入ったんだが……いかんせん値のつけようがなくてな……」
伝説級の武器のようにとてつもなく強力で出回らないというものとは訳が違い、ただ単純に流通量が少ないというこの剣は確かに値段をつけるのが難しかった。悩んでいる様子が店主の表情から伝わってくる。
「えっと、色々買ったのでそれほど持ち合わせが……」
ないわけではなかったが、レアな装備に見合うだけの金額を支払えるかというとそれは難しかった。
「はっはっはっ! 気にするな、俺が勝手にやったことだからタダで持っていくといいさ!」
申し訳なさそうなヤマトを笑い飛ばした太っ腹な店主の言葉に彼は驚いていた。
「た、タダ? ……いやいやいやいや、この剣はそうそう手に入るものじゃないですよね? もしかしたら武器の収集家にだったら高額で買い取ってもらうことができるかもしれないんですよ!?」
宝になるかもしれない剣をタダでくれるという話にヤマトはつい怪訝な表情になってしまう。いい話には裏があるというのがヤマトの信条だった。
「ま、そんな反応されるのはわかるがな。これはたまたま知り合いが俺によこしたものでな、俺も扱いに困っていたんだが――あんたなら使えるだろ?」
店主はヤマトの反応にも嫌な顔一つしなかった。ヤマトは現在の自分のレベルと比較して、少しレベル上げをすれば使えるようになるため、神妙な面持ちで頷く。
「だったら、持っていってくれ。俺の知り合いには使えそうなやつはいないからな、武器も使ってくれるやつがいないと可哀想だろ?」
使われず、買われず、どこかにしまわれて、そして人の記憶から忘れ去られる。そんな悲しいことは武器を扱うものとしては避けたかった。
「そ、それでも、ただというわけには……」
店主の気持ちを知っても、ヤマトはなかなかすんなりとは受け取れずにいる。きちんと商売すれば、それなりの金になると思われる武器を前に躊躇していたのだ。
「……あぁ! もう面倒くせーな! 俺が見込んでくれるって言ってるんだ! とっととそれを持って店を出ていきやがれっ!」
我慢できなかったように叫ぶ店主の本音を聞いたヤマトは一瞬驚いたが、自然と笑顔になってしまう。
「ありがとうございます!」
これ以上は失礼を通り越してしまうと考えたヤマトは、クリムゾンソードを受け取ると店主に頭を下げて店を出ようとする。
「――待て!」
しかし、それを出ていけと言ったばかりの店主によって止められる。
「えっ?」
「まだ完全には使えないんだろ? だったら、こっちも持っていけ」
店の出口への途中で振り返ったヤマトへ店主がカウンターの中から取り出した剣をなんてことないように放り投げる。
ガシャンという音と共にヤマトはなんとか落とさずに受け取るが、それに見覚えがあることに気づく。
「これは、預けておいたフレイムソード?」
戸惑いつつもヤマトが剣を鞘から抜くと刀身は丁寧に手入れがしてあり、あんなボロボロだったのは嘘だったようにすぐに使える状態へ戻っていた。
「そっちも研いでおいたから使うといい。それでクリムゾンのほうを使いこなせると思ったら思う存分使ってやってくれ。ちなみにファイアソードもくれてやるからよ」
肩を竦めつつそう言った店主はヤマトの表情を逐一確認しており、おそらくクリムゾンソードを使いこなせるようになるにはまだ少し時間がかかるのだろうと読み取っていた。
「……ありがとうございます!!」
店主の思いやりに胸が熱くなったヤマトはそれほど広くない店内の隅々まで響き渡るほど大きな声で店主に礼を言う。
「っうるせえ! さっさと出て行け!」
今度は本気の怒りを含んだ声色だったため、しまったと思いつつヤマトは慌てて店を飛び出していた。
慌ただしくヤマトが出て行き、自然としまる扉を見て店主はにやりと笑っていた。
「――ったく……久しぶりに強くなりそうなやつが出てきたな。フレイムソードをあれだけになるまで戦えるやつなら、きっとあの剣も上手く使ってくれるはずだ。……なあ?」
嬉しそうに腕を組みながら笑って、誰もいない空間に店主は問いかける。その言葉はここにはいない誰かに向けたものだった。
外に出たヤマトの表情は思わぬ収穫に顔が綻んでいた。
「これはいいものを手に入れたなあ。まさか適正レベルで使えるようになるなんて……」
クリムゾンソードは制作側のお遊びアイテムと言われており、四十レベルで手に入るにもかかわらず、二十五レベルから四十レベルの間は装備者に強化補正がつくというものだった。
ゲーム時代には四十レベルでやっと手に入れた頃にはあまり役に立たないネタアイテムなのに、今度は有用に使えることを考えると早くユイナに話したいと考えるヤマトだった。
「……うーん、やっぱり直接会って話したいなあ」
防具、馬、武器、道具、旅に出るのに必要なものを揃えたヤマトの気持ちはユイナとの待ち合わせの場所――中央都市リーガイアに向いていた。
何をしていてもつい彼女のことを思い浮かべてしまっている自分にヤマトは苦笑している。
「……とりあえず夕飯にしようか」
気持ちを切り替えたヤマトはどの店に向かうか街を歩きつつ吟味していた。この世界の料理はやはり興味深い食材を使っており、モンスターの肉なども調理されて出されることが普通にある。
モンスターの肉や卵などを食べるというのは、ファンタジー世界を扱う物語ではよく見かけるものであり、それを体感できるということはヤマトの好奇心を刺激していた。
「よーっし、今日はあの店で肉を食べよう!」
フレイムソードを腰に装着し、ファイアソードとクリムゾンソードをアイテムストレージに格納したヤマトは、目をつけていた店の一つへと向かっていった。
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