第二十六話
道具屋を出て馬をを売っている店に向かったヤマト。馬を選ぶ際に、店にいる馬たちがヤマトに我先に構ってほしいとみんな近寄ってきて店の人が引くくらい懐いてくるというハプニングがあったものの、予算の範囲内で良い馬を購入することができた。
「それでは、こちらの馬具をつけておきますので旅立ちの際にお立ち寄り下さい」
明日、旅にでる予定だとヤマトは店員に伝えておいたため、それまでは馬を預かってくれるようだった。いまだ厩舎からはヤマトを求める馬たちの悲しい鳴き声がしている。
「はい、お願いします。――エクリプス、明日から頼むぞ」
ヤマトは購入した馬にそう呼びかける。名を呼ばれた馬は名前をもらったことを嬉しいと告げるようにヤマトへ頬ずりをしていた。『エクリプス』――それがヤマトの馬の名前だった。
「明日、ご来店をお待ちしております」
店員は一礼すると、ヤマトについていきたがるエクリプスをなだめて厩舎に連れて行った。
「――さて、食事をしたら道具屋に行って、次が武器屋か」
馬の店を出たヤマトは誰に宣言するでもなくそう呟くと、道に並ぶ食堂のどれに入ろうかと嬉々とした表情で悩んでいた。あちこちからいい匂いが立ち込め、ヤマトの空腹を刺激した。
VRMMOはまるで本当に目の前にあるかのように投影した世界で冒険するものだが、さすがに味覚までは再現することができなかった。あくまで様々な効果を得るためのアイテムの一個として存在していたのだ。
ゆえに宿での食事もそうだったが、この世界の料理を自分の舌で味わえることにヤマトは喜びを感じていた。
適当に選んで入った店での食事はヤマトの味覚を満足させるだけのものであり、その店の店主の紹介で旅の道中の食料の仕入れも行うことができた。
馬の準備、食料の準備を終えたヤマトは予定どおりに道具屋へと向かうことにする。
「あぁ、いらっしゃいませ! お待ちしてました!」
既にヤマト用の道具の準備を終えていた女性店員は今か今かとヤマトの来訪を待っていたようで、来店を告げる鈴が鳴ると弾かれたように近寄ってきた。
「どうもです。道具類の準備は終わりましたか?」
ふわりと笑顔を浮かべたヤマトのその質問に彼女は自信満々の笑顔で大きく頷く。
「もちろんです! こちらの袋になります!」
彼女は丁寧に色々が詰められた二つの袋を軽々と持ち上げてヤマトの前に置いた。
「それと、これが一覧です。漏れはないと思います!」
彼女が用意してくれた一覧を確認すると、旅の必需品だけでなく、あると便利なものまで揃えられているようだった。
「これはすごい……ありがとうございます! そうだ、残りの料金を支払いますね。えっと、金貨五十枚だからっと……」
ヤマトはカバンから取り出したかのように見せて金貨四十枚を彼女に支払う。だがどこか彼女の顔は曇っていた。
「えっと、その、本来はこんなことを言わないほうがいいのはわかっているのですが、その……」
すっかり困り顔の彼女は何かを言おうとするが、言いづらそうにもごもごとしている。
「……?」
なにか問題があったのだろうかとヤマトはただ首を傾げて彼女の次の言葉を待つことにする。ここで口を挟むといつもユイナに叱られていた経験があったからだ。
「その……金貨五十枚もかからないんですっ!」
きゅっと拳を胸のあたりで作りながら言いたかった言葉をようやく口にできた彼女はどこかスッキリとした表情だった。
「あぁ、なるほどそういうことですか。ちなみに実際はどれくらいの金額なんですか?」
ヤマトは驚いた風もなく、実際の金額を優しく尋ねる。何かを一式そろえようとして値段が安く済んだことはヤマトも経験したことがあった。
「あ、えっと、金貨三十枚もあれば十分かと……」
だがこの値段を聞いてヤマトは目を見開いて驚くことになる。
一覧を見る限り、この店だけでは揃えきれないラインナップになっており、だいぶ金額もかかっているのだろうと予想していたためだった。
「そ、そんなに安く!? ……いや、でもそれはあなたが色々と努力してくれた結果、その値段におさまっているんですよね?」
ヤマトの問いかけに少しためらったようにしつつも彼女は静かに頷いた。
「だったら、その努力の分はあなたの人件費としてとってくれて大丈夫です。それでも納得できないというのであれば、また今度寄った時にサービスして下さい」
自分の努力をちゃんと見出した上に、優しく笑顔で言うヤマトに、女性店員は思わずドキッとして顔を赤くしていた。
「えと、その、はい、わかりました……でも……絶対ですよ! また絶対に来て下さいね!」
これから旅にでるというヤマト、もしかしたらもうこの街に戻ってこないかもしれない。そう考えた女性店員は食い入るようにヤマトへ約束を求めた。
「わかりました。すぐにというわけにはいかないと思いますが……それでも必ずまた来ます。約束です」
再び笑顔で答えるヤマト。
その時、彼は心の中で思っていた。余程この女性店員は今回の支払いについて納得がいっていないんだなと。
しかし、彼女はまた自分に会いに来てくれると答えてくれたと心をときめかせていた。
二人の心は別の方向を向いたままだったが、ヤマトはまだ寄らなければならない場所があるため、ここで道具屋をあとにすることにする。
「それでは色々ありがとうございました、また会いましょう」
感謝の気持ちを込めてヤマトは一礼し、女性店員に別れを告げると武器屋へと向かって行った。
武器屋に到着すると、こちらも待ってましたとヤマトのことを歓待してくれる。相変わらず店主の白い歯が眩しい。
「おう、来たな! 用意できているぞ」
だがカウンターの上に置かれた剣を見てヤマトは首を傾げた。
「あれ? 俺が頼んだのってフレイムソードでしたよね……? これって、なんか違うような……」
別段、武器を鑑定したわけではなかったが、明らかにフレイムソードと装飾が違うことで別の武器だということは一目でわかった。
「さすがにわかるか。そうだ、これはフレイムソードじゃない。お前、昨日の一日で相当腕を上げただろ?」
真剣な表情で彼が言った腕というのは、ゲームでいうレベルに相当するのだろうとヤマトは考える。
「わかりますか?」
そしてあえて穏やかな表情のヤマトのこの返事に対して、店主はにやりと笑いながら頷いていた。
「もちろんだ。だったらあれを使っていても物足りなくなるだろ? そこで新しい武器を用意させてもらった……といっても知り合いが持ち込んだんだけどな。持ってみてくれ!」
店主に言われるままヤマトは剣を手にとり、鞘から剣を抜く。姿を現した刀身に思わずヤマトは目を見開く。
「……これは!」
そう、ヤマトは知っていた。この剣はフレイムソードよりもワンランク上の武器であることを。
「おっ、やはりこの武器の良さがわかるみたいだな! そうだ、この剣は……」
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