第二十五話
防具を揃えたヤマトが次に向かったのはフレイムソードを売ってくれた武器屋だった。
「すいませーん」
ヤマトが店に入るなり声をかけると、店主は声のする方へと視線を向けてヤマトを見つけると二カッと白い歯を見せて笑った。
「おっ、何かあったかい?」
「えっと、昨日ちょっと谷に狩りに行ってきたんですけど、結構武器を使ったので刃の様子を見てもらおうかと思いまして……」
そう言うとヤマトはフレイムソードを鞘から抜いてカウンターに乗せる。そのフレイムソードはまるで何十年も使い続けたかのようにボロボロになり、ところどころ刃こぼれしているところさえあった。
「これは……一日でこうなったのか。……たしか谷と言ったが、戦ったのはあの熊のモンスターか?」
フレイムソードを見た瞬間、ニコニコ顔だった店主は一気に真剣な表情へと変化した。彼の言葉がさしているのはグレイナーゲルベアだった。武器屋としてある程度の周囲の敵の分布は把握しているようだ。
「えぇ、それとハーピーとレッサーリザード。あとは……」
そこまで言うと、それ以上を言ってもいいものか悩んだヤマトは口ごもる。
「……安心しろ、外に漏らすつもりはない。客もお前以外にはいない」
いつになく真剣な雰囲気をにじませた店主の言葉にヤマトは意を決する。
「わかりました……俺が戦ったのはあとはレッサーリザードデグズです。このことはギルドにも報告していないことなので、内密にお願いします」
素直に話してくれたヤマトに応えるように店主は黙って頷く。
「なるほどな、それだけのやつらと戦えば……いや、それくらいじゃこうはならないな。――お前そいつらと何回も戦ったな?」
再度フレイムソードを具合を確かめていた店主はある瞬間、視線だけでヤマトを睨んだ。剣の具合から彼が何体ものモンスターと戦ったことを店主は見抜いていた。
「わかりますか。そうです、最初にさっきあげたやつらと戦って、そのあとは繰り返しで数時間戦いました。それで、剣の損耗も結構酷くて……」
「そんなの当たり前だ! それだけの無茶をすればこうなって当然だ!!」
噴火したように顔を赤くした店主はヤマトのことを強く怒鳴りつけた。武器を傷つけたことを怒っているのではなく、無茶をしたヤマトを心配している気持ちが強く伝わってくる。
「うっ……す、すいません」
ヤマトは店主の気合に押されて思わず謝ってしまう。
「……あぁ、いや、すまんついな。もっと自分の身体を大事にしろと言いたかったんだが――しかし怪我をしている様子もないようだな……ふむ、その無茶をやれる自信があるということか」
思っていた以上に大声が出たことに反省しつつも、店主は改めて武器とヤマトの様子を見て、彼の実力に武器がついてけないのかと考え込んでいた。
「そ、それで、武器の手入れをしてもらいたいのですが……」
急に黙りだした店主に不安そうになりながらもヤマトはやっとここにきて要望を伝えることができたが、店主は考え込んだまま反応が見られなかった。
「あのー……」
そっと声をかけると店主はハッとして我を取り戻す。
「……す、すまん。あー、武器の手入れだったな、任せておけ! うちから買ったものだから、タダでやらせてもらうさ! ……ただ、ここまでとなると夕方まで時間をもらうが大丈夫か?」
元の状態までもっていくのに思った以上にかかるが、それでも武器がないと戦うことができないため、彼の言葉にヤマトは頷いた。
「代わりと言っちゃなんだが、その間これを使ってくれよ!」
店主はフレイムソードのワンランク下の武器――ファイアソードをヤマトに手渡す。さすがに何かあった時に何も武器がないよりはマシだろうと考えたのだ。
「いいんですか? もしかしたら同じくらいにボロボロになるかもしれませんよ……?」
自分の武器の使い方は普通の人たちよりも消耗が激しいと分かっているヤマトが念のため確認するが、店主は迷いなく頷く。
「構わねーよ、お前はなかなかの実力者のようだから先行投資だと思ってくれ。もっと強くなったら、またうちで買い物をしてくれればいい。その頃にはもっといい武器を仕入れとくぜ」
そんなの対したことはないとふんと鼻を鳴らした店主はヤマトの反応を待たずにフレイムソードの手入れの準備を始めていく。
「悪いが、店を出る時に札を閉店にしておいてくれ! ……そうだな、夕方に顔を出してくれれば恐らく出来上がっていると思う」
それだけ告げて店主はさっさと店の奥へと入ってしまった。
「はい。――あはは……別の武器も見たかったんだけど……まあしょうがないか」
見られていないのはわかっていても一礼したヤマトは店主の指示に従って、店の扉の札を閉店にかけ替えると次の店へと向かった。
旅に出るにおいて大事なもの、それは道具類だった。武器屋からほど遠くない位置にある店は小奇麗な小さめの構えをしており、窓際には可愛らしい花が鉢植えで飾られている。
「こんにちは」
挨拶をしながら道具屋に入る。ちりんちりんと可愛い鈴の音がヤマトの来店を知らせた。
「いらっしゃいませ!」
中から明るい女性の声が返ってくる。
姿を現した道具屋の店員は十代半ば程度に見える女性だった。種族はヒューマン族で、髪は空を思わせる青色のショートカット。弾けるような元気な笑顔は来る客に元気を与えているようだった。
可愛らしいエプロンを身に着けたひざ丈の明るい色のワンピース姿は彼女の愛らしさを際立たせている。
「あの、旅に出るので色々と買いそろえたいのですが……」
そんなヤマトの言葉に彼女は胸に手をあてると笑顔で頷いた。
「お任せ下さい! どれくらいの旅ですか? 長距離、中距離、短距離のどれでしょうか? 日数は? 移動方法は? 予算はどれくらいでしょうか?」
ヤマトが一つ答える前に、彼女は矢継ぎ早に質問を重ねていく。心なしか質問が増えていくたびに彼女との距離も狭まっているような気さえした。
「いや、その、えっと……」
なんとか答えようとするも、真剣みたっぷりの彼女からの圧が強くて答えに困っていた。
「……はっ! す、すいません。どうも道具をそろえることに関するとスイッチが入ってしまうもので……え、えっと。まずはどれくらいの距離と期間を想定しているか聞いてもいいですか?」
先ほどの矢継ぎ早な質問は彼女の癖のようで、はっとしたように落ち着きを取り戻した彼女の質問に苦笑しつつもヤマトはやっと答えられた。
「えっと、目的地は中央都市リーガイアです。だから期間は五日くらいかな? 移動方法としては馬を買おうかと思っています」
順番にヤマトが提示する情報を彼女はメモにとっていく。
「なるほど! その条件ならある程度の荷物は持っていけそうですね。ちなみに予算はどれくらいでしょうか?」
頭の中で一通りの計算ができた彼女も商売であるため、予算が最も大事なポイントとなる。
「そうですね、金貨五十枚以内で収まればいいんですが……」
「それならばお任せ下さい!」
ここで金貨数枚と言われたらふざけるなと言っているところだったが、ヤマトの提示した金額であれば旅の用意は十分どころか、揃えきってもお釣りがくるほどだった。彼女の笑顔からもこれならば自信を持った品ぞろえができると嬉しそうである。
「それじゃあ、手付金として先に金貨十枚払っておきますね。俺は馬を買いに行ってくるので、準備をしておいてもらえますか? 夕方までにはまた戻ります」
「はい!」
本来ならばあまりする人はいないのだが、信用のためにヤマトはあえて先に金を支払うことにした。一から旅支度をただ用意させるだけでは、彼女も気持ちよくできないだろうと考えたゆえの判断だった。
その判断は成功したようであり、彼女は鼻歌さえ歌いながら満面の笑顔で意気揚々と準備を始めていた。
そんな彼女を見て安心したヤマトは馬を買いに向かった。
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