第二十三話
「ありがとうございました!」
部屋に入るなり、アーチーが勢いよく深々と頭を下げてヤマトへと礼を言う。まるで試合を終えた運動部のような雰囲気があった。
「い、いやいや、そんなに頭を下げなくても!」
驚いて立ち上がったヤマトが慌てて止めるが、それでもアーチーは頭が床につくくらいに深く頭を下げたままだった。
「ヤマトさんがいなかったら俺は生きてなかったかもしれないです。だから、ありがとうございました!」
綺麗な顔立ちに似合わず熱い性格をしているのか、アーチーはヤマトに強い恩義を感じており、それを態度で示そうとしていた。
「いや、えっと……」
どうしたものかとヤマトは残りの三人へ助けを求める視線を向けると、アイザックが仕方ないとアーチーの隣に移動した。
「おい、ヤマトが困ってるだろ。そのへんで頭を上げておけ。恩人を困らせてどうするんだ!」
ため息交じりにアイザックは強引に顔を上げさせると、軽くアーチーの頭をゴツンと叩いた。
「いったー! もう、僕は病み上がりなんだから優しくしてよね! アイザックはいつも乱暴なんだから!」
ぷりぷりと頬を膨らませてアーチーが普段の調子でアイザックに対して怒ると、場の雰囲気が和んでいくことにヤマトは気づく。
「おやおや、みんな立ったままでどうしたんだい? どんどん料理を運んでくるから、座って通路をあけてくれるかな?」
そこにマスターが両手いっぱいに料理と飲み物を運んできて、アーチーもいつまでも頭を下げずに座らざるを得ない状況になっていった。
他の店員とともに、手製の料理を運んでくるマスター。
料理がテーブルを埋め尽くす頃には、五人とも思わず唾を飲みこんでいた。
「……こ、これ、いつものと違うんじゃないか?」
見たこともない豪勢な料理にアイザックは動揺しながらマスターに質問を投げかける。
「うん、今日は四人の生還祝い、それと恩人への感謝の気持ちを込めてだからちょっとだけ豪勢にさせてもらったよ」
マスターはウインクしながらそう言うが、アイザックの表情は冴えなかった。
「あー、その、えっと、こんなこと言うのは情けないかもしれないんだけど……」
その次の言葉がなんなのか、マスターには予想がついており、それを言わせまいと自身の口元に人差し指を当てて次の言葉を口にする。
「今日の料理は僕のおごりだよ。ヤマトさんはもちろん、アイザックたちも好きに食べていってくれ。何せ、四人のお祝いでもあるんだから」
大人の笑みを浮かべたマスターの言葉にアイザックたち四人の表情がぱあっと明るくなる。
「それではごゆっくり」
そう言い残して彼らに気をつかわせないようにとマスターは部屋を出ていった。
「――よっしゃ! 料理も揃ったことだし早速乾杯しよう!」
みんながグラスを持ったのを確認して、アイザックが音頭を取り始める。
「それじゃ……ごほん、フユ、デキシア、そしてアーチー。みんな無事に帰ってこられてよかった。俺は不甲斐ないリーダーかもしれないけど、今回のことを教訓に判断を誤らないように一層がんばるつもりだ」
これは冒険者として、リーダーとしてアイザックの所信表明だった。引き締まった表情で一人一人の顔を見ながら宣言していた。
フユたち三人はそれを聞いて涙ぐみながら頷いている。今回のことで誰一人欠けることなく戻ってこれたこと、そしてアイザックの気持ちの変化がわかるため、自然と涙が出てきていた。彼らは互いに信頼し合うパーティなのだ。
「……それからヤマト、お前がきてくれなかった俺たちの誰かが欠けていたはずだ。最悪の場合、全滅も考えられる。そんな俺たちを救ってくれたこと感謝してる。――ありがとう」
言葉に合わせてアイザックがヤマトに向かって頭を下げる。それは他の三人も同様だった。
「うん、みんな無事でよかったです」
微笑んだヤマトは彼らの気持ちに対して、今回は大したことはしていない――その言葉を使わずに応えることにした。
「あんまり長々と話しても料理が冷めるだけだからこの辺にさせてもらおう。慣れないことを口にしたから肩が凝った、ははっ」
へにゃりとしたアイザックの笑いに他の面々も自然と笑いがこぼれる。
「それでは……乾杯!」
これが宴の開始の合図となり、みなが飲み物を飲み、並べられたたくさんの料理を口にして宴が始まった。
「それにしてもヤマトは強かったなあ。納品アイテムを見る限り、ハーピーとも戦ったんだろ? それもかなりの数」
買取の際にヤマトがカウンターに乗せたアイテムを見ていたアイザックはヤマトの強さに改めて感動していた。
「みなさんの情報からハーピーがいるのはわかっていたので戦いやすかったです。他のモンスターも事前にわかっていたものしか出てこなかったので、そのへんはなんとか」
謙遜し過ぎることはなかったが、ヤマトはさりげなく戦い方に関しては明言を避ける。美味しい食事と酒が入った開放感もあってか、それ以上深く追究してくる者はいなかった。
「へー、すごいねえ。それでヤマトさんの冒険者ランクはどれくらいなの?」
長い髪を揺らしたデキシアは既に何杯かの酒を飲んでいるらしく、迫るようにヤマトにもたれかかりつつ質問してくる。
「いや、全然ですよ。この間冒険者登録したばかりなので、確かEだったかな? と思います」
色気を出したデキシアのそれもユイナという妻がいるヤマトには全く響かず、普段と変わらない態度で返される。
ヤマトのランクはあと数回クエストを達成すればDランクにあがるところまでいっていたが、カードに記されているものも現在はEだった。
「い、いーらんく!?」
酔いがさめるほど信じられないというように驚いたデキシアは思わず大きな声を出してしまう。しかし、他の三人も同じように驚いていた。
「え、えぇ……そんなにおかしいですか……?」
四人から向けられる視線に戸惑ったヤマトはランクを言っただけでここまでの反応をされると思っていなかったため、反対に驚いてしまう。
「だ、だってEランクっていったら下から二つ目だよ!? 僕たちですらCランク……まあ、なったばかりだけど……」
アーチーはヤマトに食いつくように前のめりで言い迫る。
ゲームではどのクエストを受けられるかの条件を見るためのものだったが、今のこの世界ではランクが高い方が実力があり、強いと判断されるようだった。
「まあ、あれですよ。世の中には冒険者登録していなくても強い人はたくさんいますから、ね」
アイザックたちはヤマトの説明を聞いてそういうこともあるのかと感心しているようだった。
その時、ヤマトはニコニコと笑顔で話しながらも、今のままランクが低いと他の冒険者に馬鹿にされたりという揉め事もありそうだなと内心で思っていた。
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