第一話
グランドクエストを見事にクリアしたヤマトとユイナは、自他ともに認めるゲーム内最強プレイヤーとして名高かった。
しかし、彼らが普段やっているのは素材集めのような地味なものだった。
「――そっち行った!」
一目で強力なものとわかる剣と盾を持ち、走る男性プレイヤーの名前はヤマト。彼は剣をメインにしているが、その他にも様々な武器だけでなく、魔法まで使いこなす最古参のプレイヤー。普段は穏やかでおおらかな性格だが、戦闘になると一気に戦士としての鋭さが際立つ。
短めに整えられた黒髪が彼の爽やかな雰囲気を醸し出していた。しなやかに引き締まった肉体はいわゆる細マッチョといった身体だ。
彼は自身よりも何倍も大きなモンスターの退路を断って、もう一人のプレイヤーのほうへと誘導する。
「――任せて!」
ヤマトの行く先で待ち構える女性プレイヤーの名前はユイナ。細剣を使いつつも、魔法を同時発動して戦うスタイルをメインにし、他にも各種の魔法を使いこなす。そのため、サポートから遠隔攻撃にも長けている。
愛らしい見た目に、肩で切りそろえられたワインレッドの髪を揺らしながら彼女は攻撃準備に入っていた。好戦的に微笑むその表情からも活発そうな性格をにじませている。
元々はヤマトに誘われて始めた彼女だったが、今ではヤマトと肩を並べるほどのプレイヤーだった。
二人は端的に声をかけあっていたが、相手が何をしたいのか、何を求めているのかは以心伝心でわかっており、見事な連携で大量のモンスターを鮮やかな手つきで次々に倒していく。
彼らがいるのは今一番新しいダンジョン。水の洞窟と呼ばれる場所で、名前のとおり出てくるモンスターも水に関連したものが多い。広いホールで戦っていたが、そこにいたモンスターを全て倒したところで、二人は剣をおさめる。
「ふう、こんなもんかな? ……それで、メンテってもう少しで始まるんだっけ?」
周囲には倒されたばかりのモンスターの山があるが、時間経過で勝手に消えるため、気にした様子もなくヤマトがユイナに尋ねる。なんとなくの時間は覚えていたが、正確なメンテナンス開始時間を把握していなかった。
「うーん、今が午前三時半だから……あと三十分だね。どうする? そろそろ落ちておく?」
ユイナは自分の視界の端に表示されている現実での時間を確認しながら答えた。
――緊急ゲームメンテナンス。
オンラインゲームではよくあることだったが、今回のメンテナンスは終了時刻が明言されておらず、長期メンテナンスになることはこのゲームに慣れた二人には簡単に予想できていた。
「しばらくできないみたいだからなあ……ギリギリまでやってるか。どうせメンテ来ても自動でログアウトさせられるだけだし」
「うん! それなら、素材集めしようよ!」
頭を掻きながらのヤマトの提案にユイナは喜び勇んで洞窟の奥に向かっていく。二人が話している間に倒した大量のモンスターたちは素材やアイテムなどを残して電子データが崩壊するように消えていた。
「やれやれ、ログアウトを提案したユイナのほうが乗り気って……まあ、付き合うけどさ」
ユイナの背中を追って、ため息交じりにヤマトも洞窟の奥に向かった。
この洞窟の奥にいるモンスターは体内に特殊な鉱石を貯めているため、それをたくさん集めようというのがユイナの目的だった。
「金策には微妙だけど装備を作るには必要になるからなあ……しかも大量に」
二人とも戦闘職だけでなく、製作にも手を出しており、ヤマトは手に入る鉱石から作れる装備の一覧を見ながら必要な素材の量を想像してうんざりしたようにため息をつく。
「もうヤマト、遅い! 早く来てよ!」
「はいはい、一人でも大丈夫だろうに……まあそういうところに可愛げがあるよなぁ」
不満げに頬を膨らませて少し先で待つユイナは基本的に一人でプレイすることはない。このゲームを始めた時から、ヤマトがいる時だけプレイすると決めており、今も変わらず一緒に遊びたいという気持ちが強く、ヤマトが来るのを待っていた。
「それじゃユイナやるぞ……狩りの始まりだ!」
ヤマトはにやりと笑うと、剣を手にしてモンスターの群れに突っ込んでいった。
「私も!」
ユイナもお気に入りの剣を手にしてモンスターに斬りつけていく。
彼らが狙う鉱石のアイテムドロップ率は非常に低く、ついつい時間を忘れて何体ものモンスターを倒していた。見える範囲に一匹もモンスターがいなくなったところで、武器をしまったヤマトがユイナに声をかける。
「――なあ、今何時だ?」
その問いかけにハッとしたユイナが時間を確認する。
「えっと……あと二秒でメンテの時間に……ってあれ? なくなった」
ない――何がないのかわからないヤマトは自分の時計を確認してみる。
「……ない」
そして呆然とした口調でユイナと同じ言葉を口にした。
「ね、ねえ、時計がないよ! あと、ログアウトボタンもないし、メッセージ送信ボタンもないよ! これじゃあゲームマスターにメッセージも送れないよ!」
焦ったようにユイナはヤマトに詰め寄る。
ゲーム内で何かトラブルがあった時には、ゲームからログアウトする。もしくは、GMことゲームマスターにメッセージを送って対処してもらう。
それが通常の手段であったが、そのどちらも行使することができないことを確認したユイナはすっかり混乱状態に陥っていた。
「アイテム一覧は見られるな。装備も……取り出せる」
だがそんな状況下でもヤマトは冷静に自分たちがどういう状態にあるのかを確認していた。色々確認していた時、ある瞬間、表情が一変する。
「まさか……おい、ユイナ! アイテムと装備を確認するんだ!」
ユイナに指示を出すと、鬼気迫る表情でヤマトは別の確認をしていく。
「……ど、どうしたの?」
ユイナはいつになく大きな声を出したヤマトに困惑しながらも、慌ててアイテムと装備を確認する。だが次の瞬間、驚きのあまり目を見開いて声を失ってしまうこととなった。
「――やっぱりそっちもか。アイテムの確認が終わったら、次はステータスを見てくれ……」
ユイナの反応から同じような状況だと知ったヤマトは肩をがっくりと落としながら彼女に力なく告げる。
彼の口調からも既に予想はついているものの、そうでなければいいなと思いながらユイナはステータスを恐る恐る確認する。
「きゃああああ!」
「やっぱりか……」
二人が確認したそれぞれのステータス。本来であれば、レベルMAXで、ステータスもメインにしている装備に合わせて最強ともいえるほどに強化されている――はずだった。
「い、一レベルって……」
「アイテムも装備も初期にもらえるものだけ……というか、俺らが所持していた物だけじゃなくて、装備していた武器や防具が全部消えてる」
突然のことに気づかなかったが、先ほどまで装備していたはずのものが全て変わって、彼らが今まで手に入れたレアな装備まで全て消えていた。
ゲームを始めたばかりのころまで無理やり引き戻されてしまったのだ。服装もキャラクターメイキングしたばかりの頃の質素なものだ。
「もうー、なんなのよーっ!」
ユイナはあまりのショックに天井に向かって不満を叫ぶと、前のめりにペタンと座り込んでしまう。いわゆる正座のような姿勢だった。
それを見たヤマトは今度は別のことに気づいて、しゃがみこむ。
「……ユイナ、それ足が痛くないか?」
彼女を気遣いながらもヤマトが地面に手を触れると、指が汚れる。あり得ない状況に訝しげな表情になった。
「そんなわけ……あれ? 膝が、痛いかも……」
不思議そうに立ち上がって膝を確認してみると、ユイナのそこは土で汚れて擦れたせいでチリっとした痛みもあった。
「一レベルじゃ回復魔法は使えないから治してあげられなくてごめんな……。そうだ、ショートソードは……普通に取り出せるな。ユイナ、これを持ってみてくれ」
何を言いたいのかとユイナは首を傾げながらも言われるがままにショートソードを受け取る。
「これくらいなら大丈夫だよー……って、えっ? これって、どういうこと?」
ヤマトが初期装備としてもらったショートソードには重さがある――それは今までもあったが、本物の金属特有の冷たさと本当にそこにある重さを感じる。そして、柄の部分のザラザラした感触があった。
「土の感触があって汚れる。本来なら膝をついてもゲームだから俺らにはなんら影響がないはずなのに、痛みも残る。武器にリアルな重さがあって、感触もリアルだ……もしかしたら、ここはエンピリアルとは違う場所なのかもな」
洞窟の周囲を見渡すと、先ほどまでは綺麗になったとはいえ、まだデジタルな雰囲気を残していた草木が本物の草木のように見えた。怪我についた土を洗うために近くに流れていた水をすくってみても冷たさと清浄な水ならではの爽やかな匂いさえある。
「……これって、ゲームの中に閉じ込められたってことなのかな?」
そういった物語をいくつも読んだことのあるユイナはそれが自分たちに降りかかってきたのかと不安そうな表情でヤマトに問いかける。
「――わからない。これがただゲームの世界なのか、ゲームの世界によく似た世界なのか。その判断をするには情報が足らないな。別の世界に来たのであれば、ステータスがリセットされたのも理解できる……ような気もする」
納得はしてないが、自分たちの現状を顧みるにそれ以外にはないかもしれないとヤマトは思うことにした。
「どうしよう……」
ユイナは不安なのか、水辺から戻ってくると自然とヤマトの服の裾を掴んでいた。不安になった時の彼女の癖だ。
「ユイナ、大丈夫だ。俺がいる。俺たちはいつも二人でやってきたじゃないか!」
彼女と向き合ったヤマトは笑顔で彼女のことを元気づけるが、急にふっと裾を握る力が抜けたことを感じる。
「……ユイナ?」
「ヤ、ヤマト!」
焦ったようにヤマトを呼びながらもユイナの身体は徐々に透けていき、やがて最初からそこに誰も居なかったように消えてしまう。
「ユイナ!! ……くそっ、今のは転移の時のモーションと同じだ。何かの力が働いてどこかに飛ばされたのはわかるが……っ! ぐっ、今度は俺のほうかよ!」
悔しげに歯噛みするヤマトは気づけば自分の身体も透けていくがわかり、なんとかあがこうとするが何もできずに転移してしまった。
「ふふっ、なかなか面白そうな二人が来たみたいだね。夫婦二人、色々と楽しませてくれることを期待するよ」
二人が消えたあとに微笑みながら現れたのは、銀髪の男性なのか女性なのかわからない中性的な容姿をした人物だった。
お読みいただきありがとうございます