第十七話
思った以上にハートロックが高く売れたヤマトは、今日は資金を気にすることなく宿に泊まることができることを喜んでいた。
『それはやばかったね! はぁ、ヤマトが死ななくてほんっっっっとうによかったよー……』
そして、部屋でベッドにごろりと横になるとマリッジリングでユイナとの通話を開始する。少し前まで当たり前に聞いていたユイナの声を聞くとヤマトは安心してふにゃりと柔らかな笑みを浮かべた。
「ユイナも気を付けてね。俺は助けが来たからなんとかなったけど、今のレベルでフレイムデビルウルフを相手にするのはちょっとどころじゃなくきつかったから……」
ヤマトは今日の戦闘を思い出して、レスタが来なかった時にどうなっていたかを考えると身震いしていた。彼女はちょっと猪突猛進なところがあるため、少し心配になったようだ。
『ふふ、はぁーい。……でもやっぱりゲームとよく似た世界だけど色々と違う部分があるみたいだね』
「俺たちがゲームの頃のメニューを使えるからゲームの世界に閉じ込められたと思い込んでいたけど、もしかしたら異世界にゲームのシステムを使える俺らが飛ばされた可能性があるね」
考え込むような声音のユイナの言葉からヤマトは色々な可能性を考えた結果、そう思い始めていた。だが色々ゲームの時の名残があるため、はっきりとした結論は出ない。
『うーん、異世界って感じなのかな? 確かに、私たち以外はゲーム的な要素がないみたいだもんね……』
ユイナはヤマトの意見を聞いて、納得しているようだった。この世界はゲームと割り切るには現実味が強すぎた。
「というよりそう思っておかないと、街の人たちや困ってる人をNPCだと思っちゃわないかという危険性があると思うんだよね」
ヤマトはここまでに関係した街の人々のことを思い出して、決してNPCなどではなく生きている一人一人がちゃんと命を持った人間だと思っている。ゲームの時はただそこにいるだけの存在で深く気にしていなかったようだとヤマトは思い出す。
『あー、それわかる。ゲームのNPCは決まった言葉を話すだけで、役を演じてるだけみたいだったけど、ここの人たちはすごく感情豊かだよね』
同意するようなユイナの言葉にヤマトも頷いている。
「そう、だから仮にここがゲームの世界だろうとよく似た別世界だろうと、相手を一人の人間として見たほうが今後のためにもなると思う」
万が一、自分たちがゲームだと侮って軽く扱った態度が問題になれば、この世界での少数派は自分たちだということ。そして、裏で何かを企んでいる者まで見過ごす可能性がある。
『ん、わかった! 今のところ大丈夫だと思うけど今後も注意してくね』
いつも慎重に物事を見極めるヤマトの進言をユイナはちゃんと心にとめておくことにする。
「それから、今日は思っていたより稼げなくてなかなかレベルが上がってないんだよ。中央都市リーガイアに向かうのはまだちょっと先になると思う……ごめんね」
謝罪をするヤマトは一気に腹筋を使って起き上がると、彼女が目の前にいるわけでもないのに頭を下げていた。相手に頭を下げる姿は見えていないが、それでもこうすることが礼儀だと考えていた。
『ううん、気にしなくて大丈夫だよ! 実はね、私も今日は雑用系のクエストやってたから全然レベル上がってないんだよね。えへへ……でもさ、なんかすっごく楽しかったの! おばさんが料理を作ってくれたりとかしてさー』
「そうか……。うん、それもなかなか楽しそうだね」
自然と笑みが浮かび始めるヤマト。彼はレベル上げがはかどっていないことをどこか悪いことのように感じていたが、ユイナの楽しそうな様子を聞いてこの世界を満喫するのも悪くないなと考えていた。いつも明るい笑顔の彼女が楽しそうにしているとヤマト自身も楽しかったからだろう。
『でね、ヤマトと一緒にゲームしてた時にやったクエストとおんなじのがあったからちょっと一日に受けるには多いかなーって思ったんだけどつい手を出しちゃって……』
「ははっ、ユイナらしいや。それで大丈夫だった?」
「もちろん! ばっちりこなして褒められたんだから!」
どんなに離れていてもまるで背中合わせで座って話をしているかのように相手の表情が目に浮かぶ。互いのことを忘れていないという確かな絆をマリッジリングの通話で二人は感じ取っていた。
『ん……ふわあ、ちょっと頑張ったから眠いかも……むにゃむにゃ……』
「そろそろ時間も遅いから寝ようか。俺も色々楽しんでみるよ」
そんな風に温かで優しい夫婦の会話を楽しんでいると、ユイナの声が安心しきったように眠る前のとろんとした声音になっていることにヤマトは気づく。ヤマトの声掛けに対する返事はなく、寝息だけが聞こえてきたためふっと微笑むと静かに通信を切ることにする。
「ふー……寝ちゃったみたいだな。――レベル上げは続けていくにしても、もう少し周りに目を向けられるといいかな」
ベッドに再び寝転んだヤマトはそう呟いたあと、ユイナに続いて眠りにつくことにした。
翌日
目覚めたヤマトは宿で朝食を食べてから武器屋と防具屋へ向かっていた。
「へい、らっしゃい。また来たな!」
相変わらず元気な店の主人はヤマトのことを覚えていたらしく、にこやかに声をかけてきた。
「はい、少しお金を稼げてたので来てみました。前の武器も結構消耗してしまったのと、もう少し強い相手と戦うかもしれないので新調しようかと……」
長く使おうと決めてここで買って間もない物をすぐにボロボロにしてしまったことに申し訳なさを感じたヤマトは苦笑いをしてアイアンソードを見せた。
「おぉう、なるほど……こりゃあ短い間に使い込んだなぁ。――こいつをここまで使えるってことは、アレを使えるかもしれんな」
店主は想像以上に消耗しているヤマトのアイアンソードをカウンターに置くと、何かを思い出したように店の奥の方へと向かっていった。
「……なんだろ?」
一人置いていかれたヤマトは自分の腰にアイアンソードを再度身に着けると、一度首を傾げてから店内を見て回ることにする。
しばらく見ていると店主が一本の剣を持って戻って来た。きょろきょろと店内を見回し、ヤマトを見つけると呼び寄せた。
「おう、まだいたな。この剣を持ってみてくれるか?」
「はい」
店主の期待の眼差しを不思議に思いながらもヤマトは彼が持ってきた剣を受け取って、ゆっくりと鞘から剣を引き抜く。
「この剣は……フレイムソード?」
初級から一歩上に抜き出る際に選ぶプレイヤーが多いファイアソード。その剣の上位版の武器がフレイムソードだった。
炎の名を持つだけあって、刀身にも炎が纏わっているかのような文様があり、魔力を流すとこの部分が炎を纏うのだ。
「ほう、よく知っているな。今うちの店にある中だとそれが一番良い武器だ。ここまで武器をしっかりと使い込むやつになら譲ってやってもいい。ま、料金はしっかり払ってもらうがな!」
豪快に笑う店主をよそに、ヤマトはまさかここでフレイムソードが手に入ると思っていなかったため、既に心を奪われていた。
「――買います!」
始まりの街でこれだけの武器があるのはとても珍しい。この機会を逃したらしばらく手にできないと思ったヤマトは即答することとなった。
「よし、なら金貨五十枚だ!」
「うっ……」
ニヤリと笑った店主の言った料金は適正価格だったが、倹約しつつ武器を揃えるタイプのヤマトは一瞬だけ躊躇してしまう。
「どうする? 値切り交渉は受け付けんぞ」
店主の言葉に思わず唸ってしまうヤマトだったが、手元の剣と店主の顔をじっくりと見比べて心を決めた。
「買います! これ、お金です」
悩んだものの、フレイムソードの魅力には勝てなかった。それに昨日のクエスト報酬および買取料金からかなり懐が潤っていたため、ちょっとくらい高かろうと購入する気持ちの余裕もあった。
「いち、にー……おう、五十枚ちょうどだな。まいどありぃ!!」
一番の武器が売れたことで店主はほくほく顔になり、ヤマトもこのレベルで手に入る中では最高位と言ってもいいくらいの武器が手に入ったことで頬が緩んでいた。
余裕を持っていい防具を買うための資金分を使ってしまったことを思い出すまでの間は……。
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