第十六話
「そ、その、これを本当にお主が一人で?」
ソファに再び腰かけたギルドマスターは先ほどまでお前とヤマトのことを呼んでいたが、お主と少し言葉を改めていた。ランク通りの冒険者ではないと感じたのだろう。
「えぇ、レスタさんが来る前の、フレイムデビルウルフが現れる前の戦果です」
真剣な表情のヤマトの目を見て、嘘をついていることはないとギルドマスターは判断する。
「ふむ、わかった……レスカ、クエストの達成処理を行ってくれ」
ハートロックをテーブルの上に戻すと、ギルドマスターは魔道具の操作をレスカに任せることにする。
「はい、承知しました。それではヤマトさん、ギルドカードをお出し下さい」
ヤマトは言われるままにカードを取り出して柔らかな笑顔のレスカへと渡す。
「クエストではハートロック一つでしたので、こちらの一つだけこちらに納品という形になります。よろしければ、他のハートロックをギルドで買取させて頂けると助かります。ご一考下さい」
一番良い物をクエスト納品として預かって他を返却したレスカはそう言うと、作業に移っていく。ヤマトは返してもらったそれをバッグにしまった。
「……これだけの成果を上げられる冒険者となると先ほどの話も信憑性が高くなってくるな」
ギルドマスターはヤマトの話を信じることに決めたようだった。
その判断を聞いたヤマトは実力を示せば柔軟に対応を変えるギルドマスターのことを好意的に思い始めた。ランク分けされている以上、実力主義であるギルドの運営方法としては当然だと思ったのだ。
「それでは?」
「あぁ、まずはランクの高い冒険者に調査をさせよう。そしてしばらくの間はあの岩場へのクエストは停止させることとする」
迅速な対応にヤマトは笑顔で頷いていた。
「……処理完了しました。ヤマトさん、カードを返却します。報酬もこちらでお支払いしますね」
報酬に関しても一定額は払えるようにギルドマスタールームにたくわえが用意されていた。金庫のような物から報酬分を取り出してカードと一緒にレスカは渡してくれた。
「ありがとうございます。それじゃあ、報告も終えたので俺は行きますね」
笑顔でそう言ってヤマトが腰をあげるが、今度は止めるものはおらず三人に見送られることとなった。
部屋を出て、ヤマトが遠ざかっていき、部屋の前から気配がなくなったのを確認すると顔を見合わせた三人はヤマトを話題にする。
「――兄さん、ヤマトさんはどうでしたか?」
まずはレスカがレスタへと質問をする。一緒にいたのだから何かしら感じたものはないのかと少し食い気味で兄に迫っている。
妹が迫るように質問してきたことにレスタは少し引き気味だった。これまでこんな反応を見たことのない彼はなぜここまで妹があの冒険者を気にかけているのか理解できていなかった。
「お、おい、近いぞ。……まあ俺が到着した時には、フレイムデビルウルフと睨み合っている状態だったから実際に戦っているところは見ていないんだよ」
「なあんだ」
レスタの言葉を聞いて、残念そうな声を出すレスカだったが、まだレスタの言葉には続きがあった。
「――だが……俺が行かなかったとしてもあいつは死ななかったと思う」
やけに意味ありげな言葉にレスカだけでなく、ギルドマスターも目を細めて身を乗り出す。
「どういうことだ?」
レスタは自分があの時に感じたことを思い出し、言葉に変えていく。
「俺がたどり着いたのは正確にいうと、ヤマトからフレイムデビルウルフが距離をとった瞬間なんだ。何をしたのかはわからないが、フレイムデビルウルフは明らかにヤマトを警戒していた」
今回グレイロックを倒してクエストを達成したことは確かに評価に値したが、それでもフレイムデビルウルフと戦えるほどの評価ではなかった。
フレイムデビルウルフはヤマトのようなEランク冒険者を普通は警戒したりしない。
「あのクラスのモンスターとまともに戦えていた……それどころか優勢だったかもしれない、と?」
信じられないといった様子のギルドマスターの質問に神妙な面持ちでレスタは頷いた。
「えぇ、あいつは、ヤマトは普通の冒険者とどこか違う気がする。何がとは言えないけど、底知れない何かを感じる……気がする」
気がする気がすると、煮え切らない発言だったが、妹であるレスカも最初にヤマトを見た時に同じ感想を抱いていたため、頷いていた。
「うーむ、二人が揃ってそう言うということは恐らくは本当に何かあるんだろうな……今のあやつに何か特別なことをしてやるということはないが、気にかけておいたほうがいいいのだろうな」
レスカとレスタ。この二人の事をギルドマスターは信用していた。その二人が気にしているヤマトという冒険者、そして森にいるというフレイムデビルウルフの存在。
ギルドマスターにとっての懸案事項が二つ増えた瞬間だった。
部屋を出たヤマトはというと、そのまま一階の買取カウンターに移動してギルド職員へと話しかける。
「あの、ここって常設依頼にないモンスターの素材とかでも買い取ってもらえるんですか?」
ヤマトは先ほどレスカに言われたとおりにハートロックを買い取ってもらいに来ていた。ゲームの頃はレアな素材はユーザー間で取引をすることが多く、ギルドの買取をするプレイヤーは少なかったため、ヤマトはどこか不安そうだ。
馴染みになりつつある買取の職員はヤマトの登場に笑顔を見せた。
「はい、モノによりますが、モンスターの素材の持ち込みはもちろん歓迎しています。どういった素材でしょうか?」
ほっとしたようにヤマトは頷くと、先ほどレスカから返された四つのハートロックを取り出してカウンターに置いた。
「こ、これは! こ、こちら全て買取ということでよろしいのですか?」
予想外の素材の登場で職員はまるで壊れ物を扱うようにそっと手に取り、本当にいいのかというようにヤマトに聞き返す。
これまでクエストボードの片隅で誰も受けてもらえなかったアイテムの買取となればこの反応も仕方がないだろう。
「えぇ、買い取ってもらえるならですけど……」
「もちろんです!!」
ヤマトは四つは多いか? とも思っていたが、職員は食い気味に返事をしてきた。
「そ、そうですか。ちなみに、もう少しあると言ったらそれも大丈夫ですか?」
「はい! いくつでも買取しますよ!」
ハートロックは、魔力武器を作る際の素材や、削って粉末にすることで薬の材料にすることもできるなど、色々な使い道があるものの、入手の大変さから流通量が少なく高騰していた。たとえ小石ほどのサイズでも馬鹿にできないほど貴重になっている。
「それじゃ、これもっと」
なにげなくヤマトが取り出したハートロックは最初に出したものと合わせて合計で十五個。
「……こ、こんなに!?」
職員は貴重なハートロックがどんどん出てくる状況に思わず眩暈がしそうになる。
それでも、ヤマトのアイテムストレージにはまだいくつかのハートロックが収納されていた。ゲーム時代から余分に素材を回収するのは癖だったからだ。
「ちょっと多かったですか……?」
すっかり固まってしまった職員の反応に困惑したヤマトが念のためにと確認するが、我に返った職員は勢いよく首を横に振った。
「い、いえいえ、大歓迎です! 料金のお支払いをしますので少々お待ち下さい」
そう言うと職員は一時金の収納してある場所ではなく、大口支払い用の金庫へと金をとりにいった。受付にある分ではとても足りないほどの納品分だったからだ。
腕一杯に膨れた大きな袋を手にして戻って来る職員を見てヤマトが驚くことになるのは、この数分後の話だった。
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