第十四話
「……なんとかなったみたい、かな……」
周囲すら軽く巻き込んで氷漬けになっているフレイムデビルウルフを見て、ヤマトは力を抜く。力なく膝をついて魔力の自動回復を待っていた。
「しかし、一体なんでこんな場所に……生態系も変わっているのかな?」
本来であればフレイムデビルウルフはいくつもの冒険を経てから行く火山地帯で初めてエンカウントすることとなるモンスターだった。
生態が変わったのではないかというヤマトの予想は当たっていた。
大枠でのモンスターや薬草などの生息地域は大きく変わってはいなかったが、今回のように今までとは異なる場所に移動するモンスターがいることもあり得ることだった。
「どこまで報告するか……あとでユイナに相談してみるか」
唯一腹を割って話せる相手であるユイナ。すぐに彼女の眩しい笑顔が目に浮かぶ。こんな時だからこそマリッジリングが今でも使えることに感謝した。
宿でのことを考えて、フレイムデビルウルフに背を向けるヤマトだったが、いまだ残る魔力切れによる疲れで彼の背後で動きがあることに気づいていなかった。
フレイムデビルウルフは氷漬けにされながらも生きていた。それはいつもの冷静さがあればすぐに気づいていただろうことだった。
ヤマトは今回に限ってアイテムドロップがないことを確認していなかった。魔物を倒したら消える設定に変えていなかった。倒したと思い、止めを刺すことに頭が働いていなかった。
そんな色々な理由はあるが、事実フレイムデビルウルフは生きており、小さく灯りだした炎によって氷は徐々に解け、亀裂が入っていた。
ピキピキと音をたてている氷。その音が大きくなったところで、ヤマトは初めてそれに気づいて慌てて振り返る。
そこには多少消耗はしているが、いまだに動き回れるほどの体力を残したフレイムデビルウルフが氷から解放されていた。ヤマトに向かって大きく口を開けて空気を震わせるほどの大声で吠えている。
「――くそっ! まだ生きていたのか!」
ゲームであれば格上のモンスターを相手にしていても冷静に対処できていた。だがゲームに似た異世界であるここでは死んだときどうなるかわからない状況下のせいで、いくらヤマトでも常に冷静さを保つのは難しかった。
「《ウォータボール》!」
魔力枯渇から時間が経過していたため、多少回復した魔力で水魔法をフレイムデビルウルフに向けて放つ。心なしかウォーターボールがいつものサイズよりも小さい。
いくつもの不安要素が重なったうえに、先ほどまでの戦闘でヤマトの戦い方を理解したフレイムデビルウルフは水の玉を大きな動きで避けていく。
さすがに連発するほどまでには魔力が回復しておらず、ヤマトが打てる手は少なかった。
「くそっ、他にできることはないか……」
ゲーム時代にあったプレイヤーが最初からつかえる近くの街に戻るための移動魔法は今は封印されていて使うことができない。
そもそも戦闘中である今は使うことができない状況ではあったが……。
ヤマトが次の攻撃を仕掛けてこないとわかったフレイムデビルウルフは徐々に距離を詰めていく。魔物ゆえに笑うはずはないのに、フレイムデビルウルフからはニヤリとした雰囲気を感じ取れた。
それに対してヤマトはじりじりと後ずさりしていたが、前へ進むのと後ろ向きで下がるのとでは明らかに移動速度に違いが出てしまう。
「――次の手は……これしか残ってないか」
そんな危機迫った状況下でもまだやれることがあると気づいたヤマトは腹を括って剣を構える。特別な剣ではないそれに対してはフレイムデビルウルフも警戒心を強めることはなく、今度こそ息の根を止めてやろうと牙をむき出しにしている。
「ガルルルル、ガアアアッ!」
そして強く踏み込むと飛び出すように走り出し、ヤマトとの距離を詰めてそのまま飛びかかってくる。
「せええええい!」
ヤマトにできたのは剣でそれを迎撃しようとすることだけ。大きくレベルが離れている双方、今のヤマトの筋力ではそれを受けきることは到底無理だと思えた。
「ギャウウウウン!」
しかし、情けない声を出したのはフレイムデビルウルフのほうだった。ただのアイアンソード、フレイムデビルウルフの咬力であればそのまま折り砕くことも可能だと思われたが、今その刀身は強力な冷気を放っていたため、それをすることは叶わなかった。
「……これが俺の最後の手、魔法剣だ。普通なら魔法剣スキルを覚えてからになるんだろうけど、簡易的な魔法剣もどきならいけるみたいだ」
額に汗を滴らせながらヤマトは魔法強化されたアイアンソードを構える。モンスターに一矢報いることはできたが、それでも状況はさほど好転はしていなかった。
再びヤマトとフレイムデビルウルフは睨みあう。ヤマトにはもう次の手は残っていなかったが、デビルウルフにしてみれば何をやらかすかわからない相手であるため、おいそれと近寄ることもできなかった。
膠着状態が続く中、それを破る一矢が両者の間に飛んでくる。
「――君、大丈夫か!」
それは聞き覚えのない男性の声だったが、じり貧のヤマトは援軍らしき声にほっとする。
「はい! ……まさかこんなやつがいると思っていなくて。加勢してもらえると助かります」
「もちろんそのつもりだ!」
援軍といってもどうやら、声の主は一人であるらしく、再びギリギリと弓の弦を引き絞る音が聞こえてきた。
二人と一匹、しばらく睨みあうが状況が悪くなったと悟ったフレイムデビルウルフはしばらく唸っていたが、くるりと後ろを向き、ゆっくりとその場をあとにした。
その姿が見えなくなるまで気を抜かずにヤマトと援軍の男は武器を構えていたが、完全にいなくなったところで揃って大きく息を吐いた。
「はああああああああ、助かったああああ……」
「ふううううう、まさかあんなのがここにいるとは……」
息をついて安堵したヤマトは礼を言うため、武器をしまい、彼のもとへと近づいていく。冒険者風の恰好をした金髪のエルブン族の男性が弓を背負ってヤマトと同じように大きくため息をついていた。
「ありがとうございます、おかげで助かりました。俺の名前はヤマト」
「あぁ、知ってる。あんたが危険な依頼に向かったってギルドのレスカに聞いてあとを追ってきたんだよ」
頭を下げて礼を言うヤマトに笑顔で頷いた彼の口から知っている名前がでてきたため、ヤマトは驚いた表情をする。誰かに言われてきたとは思っていなかったのと、受付のレスカがわざわざ彼にその情報を流したことの二つのことで驚いていた。
「……あぁ、情報を流したなんて思うなよ? あいつはあんたのことを心配して俺をよこしたんだからな。それと――あいつは俺の妹だ。可愛い妹の頼みを聞いてやるのは兄の務めだ……たとえそれが男絡みだったとしてもな……」
最後の言葉を口にした彼は何かを期待していたのか、意気消沈したように肩を落としていた。
「……兄?」
きょとんとしたヤマトの疑問に彼は快活な笑顔を見せて答える。
「そのとおり、ギルドの受付をしているレスカは俺の妹。俺はあいつの兄貴で名前をレスタという」
よく見てみればにかっと笑った彼の表情はどこかレスカに似ているなとヤマトは思っていた。
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