第十三話
焦ったヤマトは咄嗟に近くの岩場に隠れる。そこで心臓の音が高まるのを感じながらマップを確認し、マーキングされた方向へとそっと視線を向ける。
「……なんであんな魔物がここにいるんだよ!」
これまで冷静さを保っていたヤマトだったが、視線の先にいるモンスターを見てつい大声をあげてしまう。
そこにいるのはフレイムデビルウルフ。森でヤマトが倒したデビルウルフの特殊進化した個体であり、元が弱いデビルウルフが特殊進化することで強力なモンスターへと変化を遂げる。
そのモンスターのレベルは実に四十レベル。
グレイロックを倒したヤマトのレベルは十四まであがっていたが、それでも圧倒的なレベル差にごくりと唾を飲んだ。いくら最古参で最強とうたわれていたヤマトでもプレイヤースキルで埋められるレベル差ではない。
「グルルルル」
その名前が表しているとおり、フレイムデビルウルフは身体に炎をまとっている。そして、その頭は二つあり、そのどちらもがヤマトのことをしっかりと見ていた。
ヤマトにとって幸運だったのはフレイムデビルウルフがその場から動く気配がないことだ。
「ここにあんなレベルのモンスターが出るなんてありえないはずだったのに、これは生息域が色々と異なっているのかもしれないな……」
動かないフレイムデビルウルフに気づいたヤマトは足を止めたが警戒からかモンスターから目を離さない。
ヤマトの言うように低レベル帯のエリアに、これほど強力なモンスターが現れてはゲームバランスが崩れてしまうため、絶対にありえない設定だった。
「やっぱゲームじゃないとこういうことも起こるよな」
もしかしたらいつかこういうこともあるんじゃないかと考えていたヤマトだったが、このレベルで遭遇することになるとは思ってもいなかった。
「さて、どうやって切り抜けるか」
最初は驚き動揺していたヤマトだったが、いまだ動きを見せないフレイムデビルウルフを見ているうちに冷静さをとりもどしていた。今ではこの状況を楽しんでるかの如く口元には笑みが浮かんでいる。
フレイムデビルウルフが動かない理由はいくつか考えられた。
「まず一つ目――俺みたいな低レベルは相手にする気がない」
これならば静かに移動すれば逃げられる可能性がある。
「次に二つ目――俺がグレイロックを倒していたのを見ていたから魔法を危険視してなかなか動き出せずにいる」
これも考えられない可能性ではなかった。炎を身に纏っているフレイムデビルウルフは、見てわかるとおり水や氷の魔法と相性が悪い。
しかし、これだけのレベル差があれば相性など気にせずに蹂躙できるだけの力を持っているはずだ。
「となると、最後の一つだよなあ……」
ため息交じりのヤマトの頭に浮かんでいる理由。それはどうやって獲物であるヤマトを狩ろうかとたっぷりと時間をかけて吟味している。これが恐らく一番有力な理由だった。
「ガルルルル」
その考えを肯定するかのようにフレイムデビルウルフの鳴き声に変化がみられ、獲物を狩る準備ができたのを感じる。
「……やれるだけやるしかないな」
ごくりとつばを飲み込んだヤマトは岩場から飛び出すと全速力で走り出す。もちろん向かう方向は後方に。
「逃げろおおお!」
声をあげながらヤマトはフレイムデビルウルフに背を向けて必死に逃げだした。
唐突なできごとに一瞬だけ呆気にとられたモンスターだったが、すぐに獲物が逃げたことを理解してあとを追いかけることにする。
いくら冒険者とはいえ、狼タイプのモンスターの足に勝てるはずはなく、すぐにその背中を捉えることができるだろうとフレイムデビルウルフは考えていた。
しかし、ヤマトを追って曲がったところでその姿がないことに驚くこととなる。
ここは岩場であり、隠れる場所は無数に存在する。逃げるという選択肢はそれを活かしたヤマトの戦術だった。だが、すぐにフレイムデビルウルフは気配を感じ取り、ヤマトの居場所を発見してそちらに視線を向ける。
「……やっぱりわかるよな。でも、俺も最後まであがくぞ、《ウォーターランス》!」
そう簡単に逃がしてくれるとはヤマトも思ってはいない。だからこそ攻撃に転じるタイミングを待っていた。
レベルが上がったこと、そして魔法の熟練度が上がったことで使えるようになった水の新魔法。威力はウォーターボールの数倍の威力を誇っている。
フレイムデビルウルフがヤマトの方向を向いたのと同時に放たれた魔法はすさまじい勢いで飛び出し、避ける暇もなく横っ腹に直撃することになる。
レベル差がかなりある相手であるため、大きなダメージではなかったがヤマトが一筋縄ではいかない相手であることは伝わったようで、距離をあけてヤマトの出方を唸りながらうかがうように睨み付けている。
「ふう、先手はうてたもののここからどうしたものかな」
ヤマトは初撃をいれられたことで、いつもの冷静さを取り戻していた。
残された手は少ない。武器はアイアンソード、魔法は水魔法が二種類に氷魔法が一種。
「そして圧倒的なレベル差か……それでもこの世界でもう一度ユイナに会うためにはとりあえずやるしかないな。《ウォーターボール》!」
ヤマトが選んだのは初級魔法のウォーターボールだった。ただし、放ったのは三発。
いくら常人のそれと比べて異常なほど大きくとも、初級魔法など避けるまでもないとフレイムデビルウルフは威嚇するように大きな口を開けて正面からそれを迎え撃つ。
「ガアアアッ!」
しかし、水の玉は触れるか触れないかという瞬間に破裂し、大量の水をフレイムデビルウルフの身体へと浴びせていく。
水は炎を纏う身体に触れたそばから蒸発していく――そう思われたが、その水は凍りついていっていた。実はヤマトはウォーターボールを三発放ったあとにすぐにアイスボールを追わせていたのだ。
その結果、フレイムデビルウルフにかかった大量の水は瞬時に凍りついていくことになる。
ヤマトの攻撃はこれだけではない。更に足元目がけてウォーターランスを放っていた。
足目がけてではなく、足元に刺さったそれも再度撃たれたアイスボールによって凍り付いていく。
「――まだまだ続くぞ、いけえええ!」
攻撃は最大の防御と言わんばかりに歯を食いしばったヤマトは水と氷の魔法を連続で何度も放っていく。怒涛の連続魔法はヤマトの魔力が底を尽きるまで続けられた。
「っ……はあはあっ……ど、どうだ……?」
魔力切れの影響で肩で息をするヤマトはもう魔法は打てないとくたくたの身体で顔を上げる。
完全に凍り付いたモンスターの姿を見て、彼は一つ息を吐いて安堵する。これならばもう動くことはできないだろうと。
――そう、ヤマトは初めて体験した魔力切れによる疲れから、誤った判断を下すこととなる。
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