第十二話
「確かこのあたりにいたはずだったと……」
東の岩場に辿りついたヤマトは周囲を見渡してグレイロックがいないか探していた。ここは大小いろんな大きさの岩がごろごろ転がっている場所だった。
確認すると、クエスト対象であるグレイロックが点としてミニマップに表示されている。だが周囲には魔物の姿は見当たらず、岩が転がる光景が広がっているだけだ。
「いるはずなのにいないってことは……そこだ!」
ヤマトは点の方向を向いて、そして違和感を感じるもの目がけて拾った石を投げつける。ただの岩に見えたのは擬態しているグレイロックだった。
「グオオオオ!」
見破られたグレイロックは怒りの声をあげてヤマトに向かって襲いかかってきた。
表皮が岩に覆われているグレイロック。開いた口から見える鋭い牙の硬度も岩のそれとほぼ同等であり、武器で受ければボロボロになってしまうことは予想できた。
「おっと」
ヤマトはグレイロックの攻撃をするりと避ける。
自分の攻撃を避けられると思っていなかったグレイロックはキョロキョロと周囲を見渡しながら振り返り、見つけたヤマトに再度狙いを定める。
「グルルルルルゥ……」
口元から涎を垂らし、怒りで赤くなった目でヤマトを憎らし気に睨み付けるグレイロック。静かに過ごしていたところを邪魔されて怒っているようだ。
しかし、ヤマトは既に距離をとっており、覚えたばかりの魔法の準備をしていた。
「俺が覚えたのは水魔法。でも、これって魔法の熟練度が上がると一つ上の魔法を解放することができるんだよね」
好戦的な笑みを浮かべたヤマトは自分が使える魔法の一覧を確認する。
「まずは《ウォーターボール》!」
スージーに見せたのと同じウォーターボール。ただ違うのは、そのサイズは最初に試した時の倍はある、二メートルほどの大きさだった。
ウォーターボールの速さは、目の前に現れた大きな水球に驚いているグレイロックの反応速度を超えており、避ける時間を与えることなく、水の玉は直撃した。
「ギャアアアアアア!」
強力な防御力を誇るグレイロックだったが、呼吸もできないほどに襲い来る水の勢いと初めて味わう強力な水圧に身をよじらせながら叫び声をあげる。
少したって魔法の効果がきれ、水の玉がただの水になるとびしょ濡れになったグレイロックは再びヤマトを睨み付けた。こんな苦しい思いをさせて相手を生かしておけない。八つ裂きにしないと気が済まない。
人であれば、それほどに強烈な思いを抱いているであろう鋭い目つきだった。
「そうだよね、水圧だけで倒せるなら数人でウォーターボールを使えばいいわけだ。それはわかってる」
ウォーターボールの威力が上がっていた理由、一つ上の魔法のことを口走った理由。ヤマトはこの岩場に来るまでの間、何度もウォーターボールを使って魔法の熟練度を上げていたのだ。
通常はモンスターに対して使用することで熟練度を上げる。しかし、その他にも木でつくられた人形に魔法を使うことでも上げられるというシステムがエンピリアルオンラインには存在した。
「効率は悪いけどさ、モンスターの数は限られてるからね……さて、講釈はこのへんにしようか。ウォーターボールのダメージも残っているうちに。――《アイスボール》!」
次にヤマトが使ったのは氷の魔法。
水の魔法の熟練度を上げた場合に次の魔法を選ぶ選択肢が二つ。そのまま水のワンランク上の魔法を覚えるか、類似属性の氷魔法を覚えるか。
もちろんヤマトの選択肢は氷魔法であり、それこそがグレイロックを倒すための作戦であった。
直径三十センチほどの氷の玉は勢いよく真っすぐグレイロックに向かっていく。ぶつかれば痛いかもしれないが、表皮の岩が全て防いでくれる。ならば、気にせずにヤマトへと向かっていくのが正解だとグレイロックは判断して走り続ける。
「水浸しになっていれば、凍り付きやすいよな?」
不敵に微笑んだヤマトのこの言葉が今後どうなるかの結果を表していた。
魔法で作られたアイスボールはただの氷の玉ではなく、触れた先から凍気を発生させる。もちろんそんなことをグレイロックが知っているはずもない。
「――グアッ!?」
グレイロックの予定ではアイスボールは表皮にぶつかって吹き飛ばされるはずだった。
しかし、ぶつかった部分に張り付いてそこから広がるようにグレイロックの身体をすごい勢いで凍りつかせていく。
「グググウアアアッ!?」
凍り付いて身体の自由が徐々にきかなくなる状況にグレイロックは混乱し、身体を大きく動かすがその動きもままならなくなり、次第に弱くなってついには完全に凍り付き、動かなくなった。
「これで、息の根を止められた……ってことはさすがにないか」
動きを止め、呼吸を止められてはいるが、いまだ命は失われておらず、そのうち氷が溶ければ再び動き出すことができる状態だった。
「それじゃ、ともういっちょ《アイスボール》」
もう一度同じ魔法を使ってさらにカチンコチンに凍らせていく。その場にはグレイロックの氷漬けの塊ができあがった。
「これくらいならいけるか。――せーのっと!」
それを満足げに見上げたヤマトは氷像と化したグレイロックを押して倒すことにする。ここは岩場であり、倒れた先にはもちろん大きな岩がある。
ドガンという大きな音とともに氷漬けのグレイロックは砕け散り、バラバラになってしまった。
「ふう、これで成功だな」
アイテム欄を確認すると、グレイロックを倒して得られるハートロックが追加されていた。ちょっと可愛らしい名前のそれは黄色がかった宝石のような美しいものだ。
「この調子でもう何体か倒していこう」
グレイロックは十レベルのヤマトよりも上のレベルのモンスターであり、レベル差がある格上の相手だったが、戦略次第ではこうやってあっさりと倒すことができるものもいた。
その後、同じ作戦で数体のグレイロックを倒し、レベルも上がってハートロックも複数手に入れたところで、ヤマトはミニマップにひと際大きい赤い丸があることに気づく。
「――やばっ!」
これは一種の警告だ。自分とレベル差が二十以上あるモンスターは大きな赤い丸で表示される。
つまり、ヤマトは危険な状態にあった。
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