第十一話
しばらくすると、部屋を眩く照らしていた光が収束していく。
「これで魔法を覚えられた、のかな?」
不思議そうな表情でヤマトは自分の身体を見回してみるが、何か変化した実感はなかった。
「た、たぶん、大丈夫だと思います。魔法を覚えられない場合は、魔法陣の光がすぐに消えてしまうんです。でも、今の光は私が見た中でも一番の輝きだったので……お店の裏に魔法の訓練場があるのでそちらで確認しましょうっ」
魔法付与になれた彼女もヤマトの時の魔法陣は今までにない反応だったため、確証を持てずにいるようで、ヤマトの返事を聞く前に部屋を出ていく。少し早足なのは探求心が刺激されたのかもしれない。
「――ステータスを確認っと……」
ヤマトは彼女のあとを追う前に小さな声でそう呟き、メニュー画面から自分のステータスを確認する。そこには片手剣の下に水魔法の欄が追加されており、ちゃんと魔法が習得できたことを示していた。
「だ、大丈夫ですか……?」
なかなかやってこないヤマトに彼女は心配そうな表情で様子を見に戻ってきた。
「あ、はい! すいません、今行きますね」
自分が立ち止まっていると思っていなかったヤマトは一瞬彼女の登場に驚いたが、メニュー画面が見えないようにすぐに閉じて、早足で裏庭に向かった。
裏には魔法の訓練場というだけあって、ある程度の広さがあり、更に標的となる人形がいくつかおいてあった。
「さすがに強力な魔法の練習には使えませんが、初級魔法ならここで十分試すことができます。あちらに立っている人形は耐魔力の高い金属で作られているので、ちょっとやそっとじゃびくともしません! 安心して魔法を使って下さいっ」
少し自慢げな様子で彼女は説明をした。きっと色々工夫して作られた人形に誇りを持っているのだろう。
「それはすごいですね、それじゃ遠慮なく……」
肩を回して準備運動のようなものをするヤマトを見て彼女はくすっと笑っていた。魔法を初めて使うのにそこまで意気込む彼を可愛らしく思ったようだ。
「それでは、初級魔法ウォーターボールを使ってみて下さい。習得していれば、恐らく使い方もわかると思いますから!」
店員から魔法の名称を聞いたヤマトは一つ頷いて五メートルほど離れた位置へ移動する。そして人形に向かって右手をあげた。
「《ウォーターボール》!」
ヤマトは魔力が手に集まるのを感じると、魔法名を口にした。すると手のひらから湧き出すようにボコボコと一つの水の玉が発生した。彼の意思に合わせて放たれたそれは勢いよく真っすぐに人形へとむかっていく。
「――えっ?」
驚いて声が漏れたのは彼女のほうだった。ぽかんと口を開いて目が飛び出そうなほど見開いている。
理由はさきほどヤマトが放ったウォーターボール。通常覚えたての者が使うと直径十五センチほどの小さな水の玉が生じる程度だ。
「よし、いい感じだな」
しかし、ヤマトの場合は直径一メートルほどだった。
「い、いい感じですか……?」
そして、彼女が自信をもって説明していた耐魔力の高い金属で作られた人形は水圧でめちゃくちゃになっていた。その周囲もウォーターボールの余波で水浸しだ。
「ううっ……まさかユニオン君がこんなことになってしまうなんて……」
悲しい雰囲気を纏った彼女はふらふらと人形に近づくと、膝をついて水たまりに沈む人形の身体をそっと持ち上げた。名前を付けるほど愛着を持っていたことが伝わってくる。
「あ、えっと、その、なんていうか……ごめんなさい!」
魔法を使えた喜びに包まれていたヤマトは彼女の様子を見てやらかしてしまったことに気づいた。どうしたものかと言葉に詰まった結果、口から出たのはシンプルな謝罪の言葉だった。がばりと彼女に頭を下げる。
「いいんです……別に気にしてませんから……」
今にも泣きそうな声音からは全く気にしていないという風ではないのはありありとわかるが、ヤマトには彼女にかけられる言葉がなかった。
「ほんと、すいません……」
申し訳なさでがっくりと肩を落としたヤマトを見て、今度は彼女が慌ててしまう。
「い、いえいえ、大丈夫です。ユニオン君はまた修理すればいいので……それよりすごい威力でしたね! あんなウォーターボール初めて見ました!!」
ユニオン君と名付けたボロボロの人形を抱きながら焦って立ち上がった彼女は感激したように魔法の感想を伝える。これはお世辞でもなんでもなく、ヤマトが使ったのは彼女が今まで見た中で最も威力の強いウォーターボールだった。
「うーん、僕が昔見たウォーターボールはあれくらいだったんですけど……なんだろうなあ?」
ヤマトが見たのはゲームの時のウォーターボール。ヤマトは彼女との認識の違いに思い当たらなかったが、ゲームと現実の違いなんだろうな程度の認識にとどめておくことにする。
「でも、ちゃんと使えるようになったみたいでよかったです。それにあの威力なら有効な武器になりますね!」
彼女のイメージしていたものよりも、はるかに強力な威力のヤマトのウォーターボールであれば、十分に戦えると店員は考えを改めていた。
「うん、これなら戦えます。おかげで助かりました。えっと……」
ヤマトはここに来て彼女の名前を聞いていないことに気づいて、つい言葉が止まってしまう。
「……? どうかされましたか?」
彼女は急に止まったヤマトを見て首を傾げていた。
「いえ、名前を言ってなかったな、と思いまして。俺の名前はヤマトです、よければ名前をうかがってもいいですか?」
その言葉を聞いて彼女も名乗っていなかったことに気づいた。
「そ、そういえば名前言ってませんでした! 私の名前はスージーといいます。すいません!」
うっかりしていたという表情の彼女は接客に失敗したと気にしてしまったらしく、勢いよく頭を下げていた。
「い、いや気にしないで下さい。……それよりスージーさん、ありがとうございました。おかげで依頼が達成できそうです!」
今度はヤマトが頭を下げる番だった。だが先ほどのような悲しい雰囲気はない。
それに対してスージーが頭を下げると更に――と二人は頭を下げ合っていた。
そんなやりとりをしていると、店のほうから声が聞こえてくる。
「すいませーん!」
どうやら閉店の看板を見ても待ちきれない客が新たにきたようで、それをきっかけに二人のやりとりは終わることになり、ヤマトは店をあとにした。
「――これで、戦える」
ヤマトは新たに覚えた力を手にグレイロックが生息するという東の岩場へと向かっていく。
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