第十話
ヤマトは店の中へと足を踏み入れる。
カーテンが閉められているせいか、店の中は薄暗く、薬品のような匂いが漂っている。
「すいません、どなたかいますか?」
近くに人の気配がないため、ヤマトは少し大きめの声で声をかけた。
返事はなかったが、少しすると店の奥から物音が聞こえてくる。その音をたてている主は、慌てているらしく、足音に合わせてなにやらバタバタと色々な物が落ちている音が聞こえてきた。
「あのー……」
「はい、はいっ! すいません、お待たせしました!」
出て来たのは魔導士のローブを身に纏った小柄な女性だった。眼鏡をかけていて、濃い緑の髪は緩くウェーブがかかっている。そして髪からちらりと見えた耳が尖っており、彼女もユイナと同じエルブン族であることを示していた。
どうやら彼女は奥で何やら作業をしていたらしく、乱れた髪の毛に何やら草のようなものがついていた。
「ちょっと失礼。動かないで」
自然な流れでヤマトは彼女の髪の毛に手を伸ばしてそれをとる。
「きゃっ! あっ! す、すいません」
だが急なことだったため、彼女は驚いて声を出してしまう。笑顔でヤマトが手にしたその薬草を見せたことで何をされたか納得した女性は頭を下げてすぐに謝罪した。
「いえいえ、お気になさらず。それより、少しお願いがあって来たんですが」
ここがなんの店なのか、それを考えればヤマトがなんの用事で来たのかは簡単に推測できる。
「お客さんですね。――ということは、アレですか」
「アレです」
揃って頷いた二人はアレという言葉だけで意思疎通ができていた。
「どういった用途のものをご希望なのでしょうか?」
「今度依頼でグレイロックを倒すので、その対策になるものを」
真剣な表情で問いかけた彼女の問いに対するヤマトの言葉に店員の女性はしばらく考え込む。
「……強力な防御力を誇るグレイロックに対して剣以外の手段というのは正しい考えです。ですが、初級のものでどうにかなる相手とは」
初級――それは魔法のランクを指していた。
剣での戦いが難しいとなれば、魔法で戦うという方法を選ぶのはゲームでの一般的な方法だった。だがグレイロックの強固な皮膚は簡単な魔法では突破できないことを彼女は案じていた。
「それなので、水魔法を覚えようかと思っています」
水魔法という選択肢に店員は首を傾げていた。
「うーん、攻撃であれば火魔法が一般的だと思いますが……水魔法ですか」
しかし、ヤマトは動じずに水魔法がいいと頷いている。
「それで、魔法の習得方法ですが料金を支払えば覚えられますか?」
いまだに悩む彼女をよそに尋ねるヤマトの質問に店員は難しい表情で唸っていた。
「お金を支払って頂ければ、魔法習得の儀式を行うことはできます。できますが、必ず覚えられるというわけではないんです……魔法を覚えるのには才能がないとなんです」
申し訳ないといった表情で彼女がその事実を伝えてくる。帯剣しているヤマトの見た目から魔法の才能があるとは思えなかったようだ。
「なるほど」
この理由がどこにあるのかをヤマトは考えていた。
ゲームの頃は冒険者であれば誰でも初級魔法くらいは金を払って覚えることができていた。中級、上級となるとさすがに適正職業についている必要はあったが、しかし、彼女は才能次第だという。
彼はそこに何かずれを感じる。
「レベル……とか……?」
「――はい?」
ぼそりと出たヤマトの呟きは彼女にとって耳慣れない言葉だったらしく、首を傾げるだけだった。その反応でヤマトは理由がわかったため、言葉を飲み込むことにした。
「いえいえ、なんでもありません。それより、水魔法の習得をお願いします。ちょっと、考えがあるので……」
ヤマトは意味ありげな笑顔になり、それを見た店員は考えがあるならとため息まじりで頷く。
「ふぅ……わかりました。料金は金貨二十枚になりますがよろしいですか?」
この金額だと所持金全てを支払うことになってしまうが、ヤマトに迷いはなかった。
「よろしくお願いします。これで足りるはずです」
バッグからヤマトは金貨二十枚をカウンターの上に置いた。
「はい、ちょうどですね。それでは先に中へ入っていて下さい。私はちょっと外の札をかけかえてきます」
金貨の枚数を数えた彼女はヤマトに店の奥へ入るように促すと、外の開店中の札を閉店中にかけ替えにいった。一般的に魔法の取得には時間がかかるため、彼女一人で切り盛りしている店をあけておくのは不用心だからだろう。
恐る恐る薄暗い店内を奥へと進むと左右に扉があり、ヤマトは思い付きでドアを開ける。
「えっと、お邪魔します……?」
そこには様々なマジックアイテムらしきものが所狭しと置かれていた。そのほかにも床に足の踏み場がないほど乱雑に積み重ねられた本もあり、彼女の魔法への情熱を感じた。
「あっ! そっちじゃなくこっちです!」
ヤマトが開けたのは右側の扉。そこは彼女の生活空間であり、片づけをしていなかった。
「い、今のは見なかったことにして下さい! ……こ、こっちの扉にどうぞ!」
焦ったようにドアを閉めた彼女に促されるままに左手の扉を開けて中に入ると、先ほどとはうって変わってそこは整頓されており、足元の魔法陣以外は何もないガランとした部屋だった。
「そちらの魔法陣の中央に立って下さい。えー……えっと、水魔法はこの本をっと」
肩にかけていたカバンから彼女は一冊の本を取り出し、左手の上に載せている。
「魔力の流れを感じて妙な感覚があるかもしれませんが、動かずに魔法陣の上にいて下さい」
魔法陣の中央に立ったヤマトは無言で頷く。彼女から感じる雰囲気が変化していることに気づいて、ヤマトもあえて口を開かずにいる。
「それではいきます。――大気に揺蕩う水の精霊よ、汝の力を望みに者へ、汝の力を貸し与えよ」
本片手に彼女が詠唱を始めると、その身体から魔力が徐々に放出されているのがわかる。それと同時に呼応するようにヤマトが乗っている魔法陣も光を放っていた。
最初は淡い光だったそれは徐々に光量を増していく。
「これは……」
ぼそりと声を出してしまうが、彼女が魔力を集中させていることに気づき、すぐに口を閉ざす。ゲームの頃はカウンターで料金を支払って魔法習得といった形だった。
しかし、現状目の前で行われているのは儀式といってもおかしくないほどに荘厳な雰囲気で行われている。システム上ではない魔法取得という初めての状況に、ヤマトは驚きと感動に包まれていた。
「――こ、これは……!?」
今度の驚きの声は彼女のものだった。詠唱、そして魔力の注入を終えた彼女は魔法陣の反応をみていたが、これまで彼女が行ってきた中で最も強い光を放っていた。
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